小詩集「書置き」(七十一〜八十)
たもつ



太った男の人が
日向で陽の光を浴びて
まだ少しずつ
太っている
やがて坂道経由の犬がやって来て
すべてを食べてしまった

+

お座り、が得意な子でした
お手、もしたし
おかわり、も覚えました
私は悪い親だったのかもしれません
明日が卒業式です

+

彼女がカメを連れて遊びに来たので
二人でテレビを見ることにした
ちょうど五対一の真っ最中だったけれど
どのようなシステムで
点数が増えあるいは減るのか
僕らは知らない
それでもその人たちが
二人の好きな色の服を着ていたおかげで
小一時間ほど楽しむことができた
彼女がビニルの袋から出した餌を
カメに与え始めた
カメってくさいね、と僕が言うと
くさいね、と彼女は答えた

+


届いた荷物には
「過去」
とだけ書かれていた
煮ても焼いても食えねえな
そう思いながら開けたら
「生食用」
と記されていた

+

やわらかい
握れば掌の中で縮み
あるいは形を変え
それでも戻ろうとして
わずかばかりの負荷が
自分から一番遠いところにある
中心に届こうとする
午後は音がするのだ、と思う
なるべくたくさん拾い集めて
並べていくと
石畳の上
雨ざらしになる

+

漢字練習帳に
死体。死体。死体。
と書き綴った日が
確かに私にはあって
そのことで
私の何も痛まなかったし
痛む必要などなかった
今こうして
あなたのうっすらと冷たく
懐かしい身体に
触れようとすると

+

白線の内側にお下がりください
そう言われて人々はみな
思い思いに白線を描くと
内側に下がり
そのままどこかに行ってしまった
どうして僕は
チョークを忘れてしまったのだろう

+

電車は電力をなくし
いつしか犬が
車両を引くようになった
町にひとつしかない駅を
特急が犬の速度で通過する
それでも当時の名残で
誰もが
電車、としか呼ばない

+

誕生日なので飛行機に乗り
どこか遠くに行こうと思いました
幾つかの交通機関を乗り換え
大きな空港に着くと
ロビーには既にたくさんの人がいました
みんな今日が誕生日なのだ
そう思うと
僕はまだ産まれてなどいませんでした

+

野原の真ん中で
扇風機が首を振っている
何かの神様に見えたのかもしれない
小さな子供が
土のお団子をお供えして
いつまでも手を合わせていた




自由詩 小詩集「書置き」(七十一〜八十) Copyright たもつ 2005-10-18 23:20:02
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