泣いている人

泣いているのはあの人である
公園の日陰にあるベンチに腰掛けて
遠い目をしていた いつか
ずっと昔心を寄せた人の事を思い出していたのか
それとも。
その乾いた細い指の触れてきた道程を
僕が知り得る事などない

泣いているのはあの人である
煙草があまり似合わなかったあの人
マフラーを巻くのが下手だったあの人
読めない洋書を集めていたあの人
いつも電話に出てくれなかったあの人
靴下の左右なんか気にしなかったあの人
ちっとも僕の名前を覚えてくれなかったあの人
みんな泣いているのである
僕はその全ての指先が撫でてきた道程を
知り得る事などない
同じように僕の道程など 多分皆知らない

泣いているのはあの人である
僕はその天文学的な数など知り得ない
そして差し出す木綿布すら持っていないのだけれど
そんな僕だって当然 泣いているんである

泣いている
あの人が 泣いている


自由詩 泣いている人 Copyright  2005-10-13 23:42:45
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