小詩集「書置き」(五十一〜六十)
たもつ



手に触れるすべての
温度と湿度が
いつもより優しく感じられる
マリオをやれば
たくさんコインを取れる気がする
喪服に袖を通す
今日はもう
泣かずに済むのだと思う

+

こっちのセリフだ
とあっちが言うので
そっちはもう
どっちでもない
そんなことはどうでも良いが
きみが並べた出鱈目の様に
今朝から寂しい

+

鍵盤をひとつひとつ
失いながら
ピアノが
海を沈んでいく
最後まで
多忙であった

+

犬自身の中に
犬小屋はある
遊ぶのに飽きて
帰ろうとするが
夕暮ればかりが続き
いつまでもたどり着かない

+

自転車のペダルをこいでいると
それは何かの高さの
ようでもあった
転落しないように、と
二人で笑って
幸せだったかもしれない

+

扉を開ける
また扉がある
今度こそは、と開けると
案の定扉はある
入ろうとしているのか
出ようとしているのか
わからないうちに
通過してしまった
動かなくなった父の側を

+

ハウスの裏は
どこまでも川がつながっている
余計なお世話ですが
ポテトのSはいりませんか
という店員の辱めにもめげず
僕らは馬の姿のまま
身勝手にギャロップをしている

+

テーブルの上に
林檎が一つ置かれている
の音がする
私の生きている、は
不確かな幻かもしれないけれど
幻だった例もないのだ

+

手足が絡み合って
体操をなくした
途中、味のしない地下鉄に
追いかけられた
この海は
意味のない繰り返しだね
結論はきみに出して欲しい
と言ったら

+

他所様の庭で
席替えは続けられて
友だちはまた沖へと
流されていく
奥さんと娘さんは
まだ栗の皮を剥いていますか
黒板けしをきれいに叩くと
新しい学期は
もう始まっている




自由詩 小詩集「書置き」(五十一〜六十) Copyright たもつ 2005-10-10 16:55:57
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