魔法の文字 ー長崎にてー
服部 剛
真夏の日差しの照りつける
石畳のオランダ坂を下っていると
左手の幼稚園の中には
元気に足踏みしながら歌う
水色の服を着た子供達
入り口には
ひとりはぐれて泣いている男の子
笑みを浮かべた若い母がやって来て
「よし よし」
と抱き上げる
通りがかりの近所のおばさんが歩み寄り
「少しの間に大きくなったわねぇ」
と目尻を下げて覗きこむ
(腕時計の針は、正午を指そうとしていた)
石畳の坂道を下った町並みの向こう
青空にふくらむ入道雲の下
大浦天主堂の白い十字架をみつめると
長崎の鐘は青空に鳴り響き
鎌倉からやって来て
独り流離う旅人の僕の胸の空洞に
聖らかな音は吸い込まれた
*
グラバー園の頂へと続く階段を上り
洋館のバルコニーから長崎港を見渡す
大海原へと出港する大きい船をみつめて並ぶ
若い父と少年の後ろ姿
汽笛が低く鳴り響くと真昼の花火は打ち上がり
七色の夢の煙は真夏の空に立ち昇っていた
*
乗車料金百円の路面電車に揺られ
車内ののどかな乗客をみつめながら
ドアに凭れていると
細い老婆は澄んだ瞳で僕を見て
「おすわりなさい」
と座席の細い隙間に皺の入った手をたたく
思わず笑みを浮かべた僕は
ゆっくりと首をふり
軽く頭を下げた後
見上げると
車内にぶら下がる広告に浮かぶ黄色い文字
「幸せを呼ぶ魔法の杖は、あなたの胸の内に」
黄色い文字の一列は広告の紙から滴り落ちて
旅人の僕の胸の空洞に吸い込まれた