私の偶像に捧げる五つのエチュード あるいは 直喩の二十五の文例集
佐々宝砂

彼は語る、
砂糖壺に群がる蟻のように勤勉に、
生まれたばかりの赤んぼ並に計算高く、
梅雨時になると痛み出す古傷の神経組織に似て巧緻に、
洗ってもこすっても落ちない風呂場の汚れよりも執念深く、
季節はずれの台風と変わらない大胆さで。

彼は演じる、
偽善者じみた爽やかな笑顔から白い歯をのぞかせて、
埃だらけのブラウン管に潜む正義のヒーローみたいな仕種で、
税務署から来た請求書を連想させるクールな口調で、
断食僧めいた抑制をその身に課して、
津波そっくりに私たちの自我を優しく押し流して。

彼は嘆く、
洗面器の中の吐瀉物とでも言うべき虚しい言葉の群を嘆く、
まるで小屋の汚れを神経質に指摘する生真面目な豚、
しかし辛抱強い精神科医と同じくらい真摯に紳士的に、
労働者政党にこっそり寄金する貴族を思い出させる態度で、
フロントガラスの油膜のごとくしつっこく。

彼はもがく、
日常に屹立する塔に他ならぬ言葉を求めて、
さながら甘すぎる飲料の中で懸命に発酵を試みる乳酸菌、
あたかもコンクリートに封じ込められた放射性物質、
ちっともヤマの当たらぬ詩的山師と名づけるべき、
その不様な姿はまさに殺虫剤をかけられたゴキブリ。

そしてなおも彼は語る、
除草剤を撒いた土手に揺れるコスモスと同じほど不敵に、
暗渠の流れを思わせる重く沈んだだみ声で、
あるいは私を融かしてしまいそうに甘くささやいて、
私のあらゆる細胞を浸食せんばかりに。

けれど彼は偶像。直喩の鏡に映った、幻の影と呼ぶべきもの。


自由詩 私の偶像に捧げる五つのエチュード あるいは 直喩の二十五の文例集 Copyright 佐々宝砂 2004-01-03 14:47:30
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