改札で詩友達と別れた後に
服部 剛

 思い返せば僕にも「青春」と呼べる時期はあった。新宿・歌舞伎
町で地面にダンボールを敷き、夜明けの始発の時刻に僕等は立ち上
がり、それぞれの現実に向かって歩き出し、駅の改札で互いの手を
打ち鳴らしてはそれぞれに乗る列車の方角に別れ、僕は独り放早朝
の新宿をふらついた、そんな頃があった。独りになると寂しくなり、
仲間達の顔を思い浮かべていた。

あれから月日は流れ、大人なった僕の胸に、仲間達の色褪せた顔を
思い出すと、今でも少し、苦い想いが渦巻くのを感じる。あの朝、
改札でそれぞれの方角に別れたのは、あの日のことだけを物語って
いたのではなく、「いずれ人は皆、独りでそれぞれの道を歩まねば
ならぬ時が来る。」ということの予兆として、若き日の記憶が胸の
奥から蘇って来るのである。

 僕等は共に夢を追い、詩の活動をして来たが、やがて互いを理解
することを忘れていった。その詩友達と会う最後の日、僕は海が見
える、江ノ電・鎌倉高校前駅の公衆電話から「もう一人の詩友」に
電話をかけた。その詩友とは、20歳年上の詩人・難波保明氏であ
り、難波氏とは僕等がやっていた詩の番組に出演していただいた時
以来、時折飲みに行っては語らうようになっていた。受話器越しの
難波氏が「人生は時に、別れがあるものだから。」と言ってくれた
暖かい声が、今も僕の耳に残っている。ゆっくりと小さい駅のホー
ムに入って来た江ノ電に乗り、僕は曇り空の下に広がる灰色の海を
見つめながら、自分の詩を静かな想いで噛み締めていた。

  あの日僕は
  「わかっておくれよ」と友情を乞うては
  君のかけたサングラスの奥に
  ぼやけた本音を掴めぬまま
  いくつものボタンを掛け違えた
  自分の姿も見えぬまま
  ロダンのうつむきで
  夜の浜辺に一人腰を下ろしていた
  波音は沁み入るように傷口を洗った

 そして、別れへと向かって走る江ノ電に乗る僕の傍らに置いた鞄
の中には、難波氏の詩集がいつも傍らにいる友のように入っていた。
その詩集の表紙を開くと、難波氏直筆の詩が書かれている。

  人間という字を見つめているとやがて
  (人)と(間)が眉間にうっすらと浮いてきて哀しくなる
  君はきっと人との間で涙を覚えて
  しまうんだいたたまれなくて

    〜中略〜

  尊敬できる詩人なんていないように
  尊敬できる神様もいない
  いつだって何もいないのさ
  裸の君のほかに   *

 その後僕は詩友達と別れたが、やはり「友」がなければ、その人
生は寂しく、草木の枯れた細道を、とぼとぼと歩いてゆくようなも
のだと思う今、世代を越えて語り合える難波保明氏との出逢いを、
僕は水をすくう両手で、ありがたく受け取りたいと思っている。


   *詩集「投函されなかった手紙」/難波保明
   (ワニ・プロダクション)「少女に」より引用。 





散文(批評随筆小説等) 改札で詩友達と別れた後に Copyright 服部 剛 2005-09-26 00:10:40
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