放課後人ら
人間

飛び込み台の上に立つ女
もちろん服は着ている

回送の飛行船が夕方のまぶたをなぞれば
陽は瞑ってシジミ売り屋が喘ぐ

学生は皆帰ってしまって
校庭には
スクールバンド部のトランペットと
応援団の三三七拍子が相俟ってポリリズム
不協和音のあっけらかんな舞台が仕掛けられる


くたびれた主婦が
くたびれた夫の為に
くたびれたマーボーナスを作ろうと
くたびれた帯で赤子を背負って
くたびれた自転車で
くたびれたスーパーへ向かう
その途中で
自意識過剰な男に
捕まって無理矢理
くたびれるまで犯されたい

等と書きかけてシタリ顔の文学部員は
4階の教室から見下ろすと上手い具合になびく伸びた髪
憧れの主婦へのラヴレターはノート1冊半にもなって
最初の方は擦れて読めなくなっている

飛び込み台の上に立つ女
腰を下ろしてズボンを下げる

職員室に面した中庭で
野良猫に弁当の余り物をやる体育教師が
ふんぞりかえった竹刀は傍らに置いて
猫を撫でようとすると逃げられる

屋上の合鍵放って
不細工な男子がじゃれ合って
なんでもないことを
なにごとかのように
話している

教室でヘッドフォン
最大音量にして
机に突っ伏してTom Waitsを聞く女子
隣でアングラ漫画を読んで含み笑いする
その友達

飛び込み台の上にしゃがむ女
プールに向かって
糞をひねり出す

自然落下する糞
風はかなり緩い
自然落下する糞
雲は動かない
自然落下する糞
地面の焦げた匂い
自然落下する糞
僅かに傾く現
自然落下する糞
この瞬間に行われているキス
自然落下する糞
この瞬間に発狂する老人
自然落下する糞
この瞬間に釣り上げられた川魚
自然落下する糞
この瞬間に可決される予算案
自然落下する糞
この瞬間に泣きだす子供
自然落下する糞
この瞬間にオーダーされたアイスコーヒー
自然落下する糞
この瞬間に放たれた別れの言葉
自然落下する糞
この瞬間のあの主婦の頬の色
自然落下する糞
この瞬間に浮かぶインテリオタクの絶望
自然落下する糞
この瞬間に揮発した奇形児の死
自然落下する糞
この瞬間に交じり合う汗と血と精液
自然落下する糞
この瞬間に交わされる愛
自然落下する糞
着水
する糞この瞬間にプール全体に轟くささやかな波紋

一旦沈み
また浮かぶ
太い糞

覗き込む女

の間隔を行き来する視線
を持つのは清掃途中の呆然とする用務員
が覗き込む穴
が開いている錆びたフェンス
の上で休むトンボの複眼
に映る放課後の荒筋









自由詩 放課後人ら Copyright 人間 2005-09-17 21:01:43
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