帰るところのない者のための音楽
安部行人

時刻は夕暮れ、そう、日没から最初の星が瞬くまでのひそかな境界の時、
ぼくらがあてもなく通りへとさまよい出るころ、
夕陽の最後の光がひと筋の余韻とともに消えていくその時に、
ぼくらは聴くだろう、その音色を
するどくも物悲しく
感傷的ながら乾いた
バンドネオンの響きを。


アレグロ・マルカート、
リズムが街灯の光を縫いあわせて
街に魔術図を描き出す時、
ぼくらはかりそめの宴席へ導かれる、
言葉と音楽と
故郷なき郷愁の三次元。


いつしか月が高く輝き、
夜の深みの果てに誰もが眠る時刻にも、
ぼくらは不眠のままで日付を越えるだろう、
ぼくらはその耳で、また埋めようもなく空虚な心で、
バンドネオンの響きをとらえるだろう、
帰るところのない者のための音楽を。


自由詩 帰るところのない者のための音楽 Copyright 安部行人 2005-09-09 22:30:16
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