晩夏の蛹
岡部淳太郎

さなぎの、笹食べているのを見て
いると暗澹とする。ささ、さあ、
こちらにおいで、さなぎ。どうせ
おまえは動けないのだから、せめ
て、こんな年寄りのところまで、
這いずり回って、混沌のようにや
ってきなさい。さなぎの さ の
字は最悪の未来の訪れを暗示し、
さなぎの な の字は何もない未
来を暗示し、さなぎの ぎ の字
はぎりぎりの未来を明示し、その
ようにして、さなぎはすでに絶望
の裡にある。さなだむしよりも愚
かなさなぎよ、私の尻の中に潜む
こともせずに、もう夏も終りだと
いうのに、幼くして薄汚れた衣の
中でひきこもり、何を思っている
のか。どうせ成長したところで、
おまえはただの虫、婦女子どもに
忌み嫌われる、この国の風土のよ
うに蒸し暑い虫に過ぎない。お母
さん、あなたも虫でしたから、僕
も虫になる以外にないのでしょう。
だが、夏は終り。はるか南の暗い
砂浜では、むすうのさなぎが波に
向かって整列している。さりげな
い、名もなき、擬態。明日の曇天
を予感させる、さなぎのなぎさ。
これほど夏に遅れたものたちに、
後を託して、せつなくも虫は人を
刺す。さなぎよ、私の老いの前で
生まれるが良い。夏の終り、まだ
空が、秋の顔色で染まり出す前に。



(二〇〇五年九月)


自由詩 晩夏の蛹 Copyright 岡部淳太郎 2005-09-05 22:21:47
notebook Home 戻る
この文書は以下の文書グループに登録されています。
散文詩