再会の日 〜’05 9月4日 上野水上音楽堂にて〜
服部 剛
4年前の夏のこと
きみとぼくは
上野水上音楽堂のイベントスタッフで知り合い
深夜の上野公園の不忍池のほとりに
しゃがんで向き合うふたりの間には
垂らした線香花火がちりちりと光っていた
仕事から帰り
受話器越しの「おかえりなさい」が
この耳にはあたたかかった
きみの悩みに深夜まで耳を傾ければ
日頃でくのぼうのぼくも
きみの憩う木陰を地に伸ばす大樹になれる気がした
気がついたら
「行かないで、行かないで・・・」
と頼りなく痩せた幹に
浮かぬ顔したきみを離すまいと
しばりつけていたら
地の下の根っこはみるみる短くなって
葉っぱもみるみる灰色に干からびて
全て散り
木陰の下のきみは
どこかへ行ってしまった
4年後の昨日
ぼくは久しぶりに上野水上音楽堂のイベントに行った
数日前、
受信トレイにきみの懐かしいメールアドレスをみつけ
「 あさって水上音楽堂に行くよ
あの時は今でも悪かったと思っているよ 」
と送った
透明のプラスティックのコップに
盛り上がる泡のビールを飲み干し
顔を赤らめながら再会した旧友達と乾杯した
やがて日は暮れて
きみの姿は今だ見えず
ぼくはなんだか寂しくなって
水上音楽堂の外に出て
不忍池を縁取る柵に寄りかかりながら
夕涼みの風にさやさや揺れる
無数の蓮の葉群の向こうに
赤茶けた明かりに照らされた
神社の塔をじっとみつめていた
水上音楽堂から
「 詩人よ全ての寂しさを越えてさすらう旅人であれ 」
老いた男が詠むしわがれ声が響いて
夜の帳の下りてゆく
不忍池の葉群の上に人知れず滲みていった
客席に戻り
寂しさに負けまいと
木の長いすの上に膝を抱えるぼくを見た
妊娠中のM子ちゃんがおおきいおなかで歩いてきては
ぼくの頭をなでていった
ステージでしんみりとギターを弾き語る男の上に
吊り下げられた大きいキャンパスの空白の中に描かれた
青い鳥が羽ばたいていた
やがてイベントは終わり
立ち上がった僕は伸びをしてからふと横を向くと
通路から見覚えのある顔がぼくを見ながら歩いてきた
4年前にすがって愛を求めたぶざまなぼくを
全て水に流すかのような優しさを瞳に浮かべて
他の友達といたきみとかたことの言葉を交わし
遠ざかってゆく懐かしい背中が
会場の出口で振り向いた
複雑な想いを浮かべて離れた 瞳と瞳が 合った
( 4年前楽屋でスタッフの名札をきみに手渡された時
互いの指先からひいた白い糸が
ふたたびぼくの人差し指から
きみのほうへたゆたいはじめた )
懐かしいきみの背中が
上野水上音楽堂の黒い門の外に消えた
( ぼくのうすっぺたな胸の内で
うっすらと忘れかけていたきみの顔を見れた喜びと
蘇る切なさが人知れず渦巻いていた )
( きみにあの時話せなかった言葉たち
ぼくの胸の奥の引き出しにしまわれていた
何通もの手紙は今夜長い沈黙を破るように
かさかさと動いていた )
僕は仲間たちと飲み屋ではしゃいで
美味い酒を飲んだ後
終電のまばらな車両に独り
闇の車窓に
4年ぶりに向き合い
お茶をしながら語らう
きみとぼくを想い浮かべる
リュックサックからノートを取り出し
明日君に送るメールの言葉を
あの頃のように何度も書き直すぼくを乗せて
深夜の電車は今日という日の終着駅へと走った
踏み切りの音を通り過ぎて
眠れる街の休息の後に
明日の陽が昇る方角へ