どこにでもある話 1
いとう




これは居酒屋で友人から聞いた話
というより友人の話
その当時つきあっていた彼女に彼は夢中で
まだ若かったけれど 結婚まで考えていた
今の彼は平気で二股三股かけて
平気で女を捨てる奴なのだけれど
――ちなみに彼のそういうところは大嫌いだけれど
そんなことで友情にキズはつかない
それはただ、見解の、生き方の相違に過ぎない――
その当時の彼は純粋で
そんなこと全然できなかったと言う
本当のところはわからないが
とりあえず
人の言うことは素直に信じることにしている
自分を信じてもらうためにも

ちょっと話がそれた

彼が言うには
ある日突然彼女の態度が変わったらしい
それまでのラブラブモードが
ブレーカーが落ちたように急変し
懐中電灯もろうそくも持っていない
そんな備えはまったくしていなかった彼は
暗闇でオロオロするだけだった
恋愛のブレーカーがどこにあるかなんて
知ってる奴はまずいない

「でもそんなのはどこにでもある話
どうせ新しい男ができたんだろう」
あたりまえの反応に彼は無反応で応えて
彼の話を続ける

彼と彼女は話し合った
正確には話し合おうとした
そして当然話し合いにはならず
彼女の一方的な宣言を彼が聞くことになった
「今はあなたとの関係に自信が持てない。
1ヵ月だけ考えさせてください
それまで
会うのも連絡を取るのもやめましょう」
一方的な宣言で「ください」もないが
でもそんなのもどこにでもある話
少なくともここまでは

彼女の宣言を受けたその日から彼はストーカーになった
授業には出ず
彼女の家と彼女の大学と彼女のバイト先と再び彼女の家と
1日中彼女の後をつけて(もちろん彼女に気づかれないように)
彼女の部屋に明かりが灯ると
家に帰る毎日
でも彼にはストーカーとしての意識はまったくない
なぜなら彼の行動の根拠は
彼女の私生活を暴くためではなく
自分と会わないあいだ
彼女が何事もなく無事でいられるように願ったため
ただそれだけのための毎日
当時の純粋な彼にとって
彼女に男ができたなんてことは頭の片隅にも想像できなかったのだ

そしてそれは2週間後に起こる
その日の彼女は遅番のバイトで
いつもの時間になっても店から出る気配がなかった
彼は不安になりながらも2時間待ったと言う
店は閉まってもう終電もない
でも中に彼女がいるのは確か
不安になりながらも彼は待つしかなかった
「待つことしかできなかったんだよ」と
そのときだけ彼は少し笑った

店の裏口から出てきたのは彼女ともう一人
彼も知っている店の店員(もちろん男だ)
彼女はその店員と並んで歩き
彼女の家に向かわず
そのままホテルへ入っていく
彼はそこまで見届けてから家に帰り
それから
彼女からの連絡が来るまで
家とコンビニと酒屋を往復するだけとなった
彼のストーカー生活はその日で終わり
それ以外の何かもその日で終わり
それは今でも続いている

彼女の出した答えは彼の予想と違って
「やっぱりあなたが好き」と言ったそうだ
彼は彼女に
彼が見たことは一言も触れずに
「君は僕に隠していることがある
それを君が言うまでは僕は君とつきあえない」
そう言って
それ以降
彼と彼女がつきあうことはなく
そこで彼の話は終わった

彼は「どこにでもある話だよ」と笑って
残っていたビールを飲み干す
彼が飲み干すのを待って
「この話いつか使っていい?」と尋ねると
昔の話だから大丈夫といつもの顔で答えてくれる
それは彼との友情ではなく
単なる彼への甘えなのだけれど
甘えついでにもうひとつ
「女食い散らかすのはそれが原因?」と尋ねると
今の俺は愛が溢れて困ってるんだよと笑うので
とりあえずその言葉を
素直に信じることにした







自由詩 どこにでもある話 1 Copyright いとう 2003-12-27 23:21:16
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