降霊
大村 浩一

誰かが夜中にノックした
コツンと一度きりノックした
ドアの後ろからそっと覗くと
蛍光灯の通路が白く乾いている
あるいは秘めごとの嫌がらせに
甲虫が当たっただけかもしれない

ベトナムの木の暖簾がゆれる
かすかなさざ波が
日の沈んだほうへ流れていく
開け放てよ、そらの息道
貼りつけたメモも剥がされそう
耳障りな四発機も通る 夏


誰かが夜中にキスをした
夕立の後の床を素足で渡り
暖かい身体が寄りそうと
柔らかな唇がかすかに触れた
ベトナムの木の暖簾がゆれている
さざ波が日の沈んだほうへ

招き寄せたのはいったい誰か
目の中にみどりいろのCodeの雨
失明の気配におののいて寝返り
浅川の子供の神様
壊れた椅子、渇きの海
アルカディアは遥か 夏


ドアはひとりでに開いては閉じ
その度に透明なミイラが一人二人
僕が呼び寄せたものが戸外に
なかにひときわ愛したひとり
僕が呼び寄せたものが戸内に
なかにひときわ憎んだひとり

生きていたっていいじゃないか
ひとりでに鳴りだす音叉
また間違えてしまった名前、
日本橋、人形町、水天宮、押上、
怯えて走りだす裸足のひとたち
鳴らしていたのは僕だったのかもしれないな
君も年老いてしまうのかな 分からない


君が英文で綴ってみせる、
思い出をディスクに焼こう
思い出のディスクを焼こう            ※
服はみんな売り払ってしまった
耳障りな四発機がイニシャル・ポイントに到達
目標はT字形の橋
たぶん誰も悪くはないのだろう
僕が呼び寄せたものが戸外に
さざ波のようにベトナムの竹が揺れ、木が揺れ
仮面を封じ込めた額縁に
甲虫が当たっただけかもしれない
あるいは卒業出来ない夢
激しく崩れ落ちる塔
貼りつけた日付も剥がされそう
夕立の後つめたい床を素足で渡り
誰かが夜中にキスをした
誰かが夜中にキスをした



※映画『トニー滝谷』より

2005/08/24〜09/02
大村浩一


自由詩 降霊 Copyright 大村 浩一 2005-09-02 18:50:11
notebook Home 戻る