校舎に含まれる
Monk



校舎に含まれる
散漫な光景ひとつひとつに声がとどかない



1. 朝


 起立
 礼
 いっせいの着席にびくともしない
 この校舎の設計は強度においても欠陥がない
 チャイムの音はどこにいても聞こえる
 必要な機能は全てそろえられている


 おはようございます
 今日も元気よくがんばりましょう

            ましょう

            ましょう


 例えばA 例えばB 例えばC



2. 工場跡にて
 
 
 時間割表が大量にコピーされている
 予備と予備の予備と予備の予備の予備と
 
 紙飛行機の生産は禁止される
 空に余分なものは飛び交わずたいへん好ましいと
 
 そういえば最近虹をあまり見かけないので
 隠れて時間割表の枠線をマジックでなぞっている
 
 1限と2限の間



3. (標本)
 
 
[風と屋上]

 教室を抜け出して広い空と吹く風
 飛んでくる風船に備え両手を伸ばしたまま
 いつかね、と言う

[暗幕と理科室]

 そっとそっと、暗くても電気はつけない
 虹?
 全ての薬品が混ざりあう夢を見ている

[雷と廊下]

 みんな早く帰ればいいのに
 雷が鳴り響く
 全速力で走って向こう側の壁にタッチする
 
[歴史と教室]

 教科書にお互いの顔を隠す
 僕らが生まれる前から続いてきたこと
 机の下で手を握っていること

[資料と資料室]

 図書館わきの資料室
 人体模型は口を開けたまま固まっている
 失われたものの象徴だと誰も気づかない



4. 全てのお話の結末を知ってしまったので
  もう花壇に水をやる必要もない


 3限と4限の間にそんな夢を見る



5. 放送
 
 
 流れているボブ・ディラン
 手のひらに貯めた涙でうがいをしている
 そんな声
 
 ヘイ ミスター、ヘイ ミスター
 
 生徒たちは整列された座席で
 三角のパック牛乳と哲学的距離感
 
 美術室の奥
 名もないトルソだけが耳を傾けて
 失われた両手のありかを探っている



6. 語るもの


 やっと飛んできた風船を
 虹色に輝く小瓶を
 冷たい壁の手触りを
 歴史の動く瞬間を
 
 人体模型が語るはずだった
 全てのお話を
 
 [この発言は削除されました]
 
 誰かお話を
 
 [この発言は削除されました]
 
 誰か
 
 [この発言は削除されました]
 
 だ
 
 [この発言は削除されました]



7. [質問にはいっさいお答えできません]



8. (削除)


 もっと実用的なナイフを/光線の屈折率を/毒薬の危険性を/返却期間の延期を/
 閉所恐怖症を/割れるガラスを/修繕道具を/信頼を/価値観を/拒否を/絶賛を
 /すぐにバレないものを/赤いものを/触れるものを/見たら死ぬものを/巧みな
 指の動きを/言葉にする力を/フルスピードを/勢いよく開けられるカーテンを/
 あたしにも/ぼくにも/ぜんぶ/ちょうだい



9. 無駄話をする者はすぐに教室から出てゆけ


 号令
 
 従順なハツカネズミ
 レミングのまねごと
 次々に窓からダイヴする生徒たち
 の
 写像が身代わりにダイヴする
 何度も何度も
 非常に効率的に
 着席したまま自殺は完了する
 
 花壇に降りそそぐ写像の雨
 その塊たちが落下していく光景が
 資料室の窓からは見える
 
 体育館裏でひっそりと暮らしていたバクにとどまらず
 だんだん夢をむさぼる動物の種類が増えている
 花壇で待ち受けている動物たちは
 落ちてきた塊の無機質を好み
 音をたててバリバリと噛み砕いている



10. (削除2)


 Information
 
 食物連鎖は僕のところで止めます



11. 一つだけ削除されなかったお話
 
 
[雨と図書館]

 図鑑「あ」〜「ん」まで
 動物が増えるたびに空白のページへ書き記される
 もっと知識を!
 次の空白を早くうめたい生徒たちは
 次々に写像をダイヴさせる
 
 埋められていくページ
 増えていく動物たち
 次の雨



12. 動力


 倒れたままの人体模型
 空洞を埋めるための部品が圧倒的に足りない
 
 ゴロン
     今日は少しだけ地面が傾く
 
 ゴロン
     もっと
 
 ゴロン
     もっと



13. 一つだけ削除されなかったお話(つづき)


 ある夜、僕は図書館に火を放つ
 資料室と花壇もまきこんで
 赤々と燃え上がる
 行き場を失った動物たちは
 ひどくふるえている
 
 僕は、ごめん、と言う(発音する)
 
 ”結局、君たちの居場所がなくなってしまっただけで
  こんなことで何かが変わったりはしないんだろうね”
 
 思考部品が足りない
 
 ”それでも花壇には種が撒かれるべきで
  種は土と太陽と雨によって”
 
 もっと上手な説明をしたいのに
 
 ”さようなら、動物たち
  帰れる場所があるなら帰ったほうがいいよ
  さようなら
  手はふれないけどね”
 
 思考部品が足りない
 もともとほとんど空っぽだったのだ
 
 ゴロン
 
 人体模型は転がって静かに口を閉じる
 資料室は炎につつまれていたけれど
 彼はもう熱いとも言わなかった



13. 録音


 屋根は焼け落ちてしまったけど
 しばらくの間は空が見えるだろうね
 
 そう、ひとつ思い出したんだけど
 虹って雨がやんだ後によく見えるらしいよ



14. おしまいのチャイム


 録音は重ねられた
 
 [用のない生徒はすみやかに下校しなさい]
 
 その声だけが全校舎に響きわたる
 校庭から人影がいっせいに消えてゆく
 建築業者も図書館の修復作業をやめ
 後かたづけを始めている
 
 美術室の奥
 名もないトルソだけが耳を傾けて
 失われた両手のありかを探っている
 
 燃えるように染まる窓
 ひとりの生徒が赤い光を浴びている
 そしてトルソの背中からそっと両手をまわし
 その耳を石膏にぴたりとくっつける
 
 
  お話が必要かい?
 
 
 突然の夕立
 雷をともない激しく降り始める
 長い廊下を走り抜けていく生徒達の悲鳴が
 終わりのチャイムをかき消している



自由詩 校舎に含まれる Copyright Monk 2005-08-28 00:49:19
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