帰路
嘉野千尋
山並みを巡って
一本の道が続いていく
夕暮れ時に
耳元でふと寂しい曲が流れるものだから
あの道がどこへ続くのかを
未だに誰にも言えないでいる
「わたしは幸福だ
長く続いていく道の上で
あなたの言葉に今も出会うことができる
林近くの道標に
西陽は躊躇いもなく降り落ちて
あなたが残したささやきに陰影を与える
四季が去り
景色が目まぐるしく姿を変える傍らで
移ろい逝くものを残すために
無数の紙片はただ費やされた
わたしの言葉もあなたの言葉も
打ち捨てていくためのものではなかったのに」
去る人が多くを残すことはなかった
書きかけの詩をひとつ
密やかな約束のように窓辺に残し
今日来た道をまた引き返していく
これは帰るための道なのだと信じる彼らに
わたしは未だ何も言えない