帰路
嘉野千尋


  山並みを巡って
  一本の道が続いていく
  夕暮れ時に
  耳元でふと寂しい曲が流れるものだから
  あの道がどこへ続くのかを
  未だに誰にも言えないでいる



  「わたしは幸福だ
   長く続いていく道の上で
   あなたの言葉に今も出会うことができる
   林近くの道標に
   西陽は躊躇いもなく降り落ちて
   あなたが残したささやきに陰影を与える
  

   四季が去り
   景色が目まぐるしく姿を変える傍らで
   移ろい逝くものを残すために
   無数の紙片はただ費やされた
   わたしの言葉もあなたの言葉も
   打ち捨てていくためのものではなかったのに」



  去る人が多くを残すことはなかった
  書きかけの詩をひとつ
  密やかな約束のように窓辺に残し
  今日来た道をまた引き返していく
  これは帰るための道なのだと信じる彼らに
  わたしは未だ何も言えない





自由詩 帰路 Copyright 嘉野千尋 2005-08-24 22:06:19
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