遺言
なるせ

母さん。


初めてぼくが笑ったのは、いつですか。


母さん。


ぼくに初めて友達が出来た日を、覚えてますか。
初めてぼくが熱を出した時、大変だったでしょう。
母さんのお粥は、ほんの少し、固めでした。


母さん。


初めて背負ったランドセルが泥で汚れて、ぼくが泣きながら帰ったこと、覚えてますか。
あの頃ぼくはいつも泣いてあなたに甘えてばかりいましたね。
運動会のリレーで一等を獲れなかった時も、泣きました。
風邪で遠足に行けなかった時も。
卒業式でも、泣きました。

そんなとき、いつも微笑んでいてくれたのはあなたでした。


母さん。


氷水で濡らしたタオルを額に当ててくれる瞬間が、ぼくにはとても愛おしかった。
汚れたランドセルが翌朝ピカピカになっていてすごく嬉しかった。
泣き虫なぼくをその腕で包み込んで、大丈夫と優しく囁いてくれた。


母さん。


大きすぎた初めての制服は、いつしか少し窮屈になりました。
友達とバカやって、部活動で遅くまで残って、あなたと話す時間も随分減りましたね。
ぼくはほんの少しそれが悲しかったけど、いつか訪れる時が来たのだと感じました。
懐かしい温もりはいつか離れていくのだと、子供心に感じていたのです。


母さん。


ぼくはあなたを初めて泣かせました。
最初で最後のあなたの涙を、ぼくはどこか遠くで受け取っていました。


母さん。


泣かないで下さい。
あなたの子どもでよかった。
青ざめたぼくの額を、愛おしそうに撫でてくれた。
ぼくたちがまだ同じ場所にいられた時に、その手の温もりをもう一度だけ。
もう一度だけ、思い出させて欲しかったけれど。


母さん。


ぼくは覚えています。
いつまでも覚えています。
あなたがどれほどまでにぼくを愛してくれていたか。
そしてぼくがどれほどまでにあなたを愛していたか。
泣かないで下さい。
そして受け止めて下さい。


母さん。

ありがとう。


何度だって言える。





ありがとう。










ありがとう。




自由詩 遺言 Copyright なるせ 2005-08-21 22:10:24
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