幽閉の森
千月 話子

入眠の際が瞼の奥で細い光を放っている
生と死の曖昧な絆という楔を
今は、強引に断ち切って 眠りの森へ
木漏れ日を抜けて下方へ沈みたい



怖さに尻込みした夜の
怖さに涙した夜の
夢の原は終わり無く続く
果ては何処かにあったのだろうか

振り返る足元に落ちた銃器を
鈍色の空へ向けて
飛び交う黒曜石を打ち崩そうとしている
私の手のひらは熱く
体中の熱を奪って心根を枯らして行く
これが冷血 というものなのか

見たこともないものが蘇る
おお、、おお、、と泣いているのは
一体 誰なんだろう


粉々に打ち抜いた夜が兵士の頭上に降り積もる
更に濃い夜は 闇
白く剥がれ落ちた部分から覗く月が
獣の目のようにじっと 見ていた
狙っているのは あちらか・・こちらか・・

滴るとか零れるとか流れるとか
もう、これ以上言い尽くせない位見てきた赤を
まだ体内に宿す自分が
ある時は誇らしく ある時は憎い

元首よ、あなたの命令に従います。
 私は、誇り高き 日本国軍兵士なのです。
元首よ、あなたの命令に背きます。
 小動物の柔らかい背を撫でる少女の口ずさむ
 子守唄を聞いたのです。
元首よ、あなたの命令はもう聞こえません
 私の胸から暖かな血が溢れ ほとばしるのです。



弱き者へ その目を向けるなと
遥か昔に教わった記憶を呼び覚ました私に敬礼を
力無きこの腕を 仰向けの空へ掲げた

相打ちの兵士の亡骸から 
どうどうと流れ出る冷血は
ザラついた大地に溶けて
赤い色素だけが 無のまま残っていた
 彼もまた犠牲者なり 彼もまた・・・



震える少女の手のひらは 睡蓮の蕾
口元に落ちる水流は 聖水

私の背中から流れ出る血が
終わりを遂げようとしている

少女よ、あなたは生きてください。
時々、震える瞼から美しい涙を流して
私に それを与えてください。 黙礼

サヨウナラ元首よ。
さようなら少女よ。
そして、ただいま 祖国よ。

聖人よ、折れた兵士の流血を吸収する大地に
木や花を絶やさぬように
冷血が密やかに逃亡するので 
閉じ込めておく 幽閉の森
夢の中にあるのか 現実にあるのか



「沈むような濃い空気の森へ入ってはいけないよ」
と 誰かがザワついた葉の声で言うのです。
「昨日までの思い出を 赤く燃やされる前に逃げなさい」
と 言うのです。
 


あなたは、まだ生きなさい。

  


自由詩 幽閉の森 Copyright 千月 話子 2005-08-19 00:04:02
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