月に照らされたビルの森
蒼木りん
あれは冬だったから
あの月とは違うけれど
1月10日のあの街の
あのビルの森の上に出ていた月と似ている
8月
今夜の朧月
明日
現世は終戦記念日だという
夏が折り返す
もうヒグラシが刹那い
孤女ではいけないと
他人は見るけれど
恋がしたくなる隙間に
こころを抑えてばかり
わたしには
トンネルを潜る世界があった
悔やまれるのは
すべてにやさしすぎたあなたで
時に流されたわたしが
そのこころを閉ざしたこと
月にこころを奪われることなく
先を行くあなたの後ろで
わたしは月を見つけて微笑む
あなたのこころを奪っていた
後ろの正面
だぁれ
誰にでもあること
誰にでもできないこと
ふみだすこと
夢だけで終わること
あいまい
あまい
甘い曖昧
けれど
別れる時間は急きたてて
ホームに滑り込む前の
滑り込みのキスをして
あなたは泣いていた
あれから一度も着ていない
白いウールコート
時の隙間は
隙間でしかないと
ふたり
わかりきっているけれど
私はため息をつく
あなたは泣いていた
どうして
早く
冬が来ればいいと思う
素肌にあの白いコートを着て
あなたに逢いに行きたい
また
トンネルを抜けて
あの月に照らされたビルの森へ