豆腐小僧のレーゾンデートル
佐々宝砂

彼は豪雨が好きでない
彼が好きなのは
ごくごく静かに降る雨で
こぬか雨きりさめ煙る雨
そんな雨の日には
きっと

静かな林の路傍に彼は立つ
水を含む苔の上に足をおく
草鞋履きなので
下からじんわりと水がしみてくる
笠も蓑もしっとりと濡れ
蓑火が光って落ちてゆく
暗い林間に雨の匂いが充ちる

捧げ持った小さな皿の上には
真っ白な豆腐
ネギとショウガをきちんと添えて

誰のための豆腐なのか
何のために自分があるか
彼は知らない
捧げ持つ豆腐の味さえ知らない

思想もなく理想もなく大義名分もなく

それでも
静かに雨降る暗い日には
きっと

静かに雨が降る
こぬか雨きりさめ煙る雨が降る
それだけが
豆腐小僧のレーゾンデートルで
だからと言って彼は特に悩みもせず
ひっそりと雨に濡れて
豆腐を捧げ持ち路傍に立つ





自由詩 豆腐小僧のレーゾンデートル Copyright 佐々宝砂 2003-12-22 23:44:47
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