不確かな存在3(風が起きるまで)
チャオ

すれ違うままに、時折り消えていく存在。

かすかに足の裏が傷む。その感覚が拡張され、次第に、体全体へとその痛み蔓延する。血流の呪いか、はたまた肌に溶け込んだ電子の波の影響か。
大量に流れ出る汗は、ワイシャツの布地にしみこみ、誰かに見られることを恐れているかのように、はっきりとした形を見せない。ただ、ワイシャツと体との関係は、醜悪なまでに不愉快だった。

満員の電車から、灼熱の日差しへ。小さく祭られた都会の神社を見つける。四車線の道どうしが交差するその一角。
坂道を上し、大きいとも、小さいともいえない、丁度いいといえば、丁度いい大きさの鳥居をくぐる。ちらほらと人はいる。神殿へ近寄り、財布から五円玉を抜き取る。放り投げる。鈴を鳴らす。

改札の掲示板が記す電車へ駆け込む。忘れてはいけないことを呟く。大きな雲が窓から見える。二人組みの女性が、子連れの女性へ席を譲った。譲られた女性は譲った女性に深々とお辞儀して笑顔でお礼を言った。
その後、その子連れの女性は二人組みの女性よりも早く、電車から降りた。その空いた席。いつの間にか、誰かが座っていた。さっきの二人組みではなった。
新書サイズのビジネス書では、椅子の座り方など書いてはいない。つり革につかまり、電車が左右に揺れるのを我慢し、窓へ目をやった。足の裏がまだ痛み出した。

音がしなくとも、音がするときがある。幻聴とは言わない。その音はならない音だと、しっかり自覚しているのだから。

損得勘定で支配した経済グラフは、いつの間にか崩壊した。そのことに気がつかないで、無理強いを言えば、何とかなると思っている。もちろん、彼等には音は聞こえない。次第に広がっていく痛みにさえも気がつかない。屈強なのではなく、鈍感なのだ

痛みは誰かの胸の奥で、波になる。日差しの強い真夏の午後、誰かの胸で出来た波は、べとついたワイシャツを乾かすのに充分なだけの、風をふかしてくれる。


散文(批評随筆小説等) 不確かな存在3(風が起きるまで) Copyright チャオ 2005-08-10 22:34:01
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