猫の出家
山田せばすちゃん



暑中お見舞い申し上げます
 今年は母さんの新盆だから
 せめて墓参りにくらいは帰ってきなさい
                  父より

   追伸
   そういえばクロがおとといの夜出家した
   あんな奴でもいなくなると寂しいものだ



昨日届いた父からの葉書によれば
実家の猫は「出家」したらしい

可愛がってくれた母の菩提を弔うためか
はたまた煩悩あふれる己が身をはかなんだのか
いずれにしろ黒猫なのだから
墨染めの衣だけは自前で済むというものだ

出家した猫はなんと鳴くのだろう
ニャンまんだぶと鳴くのだろうか
それともニャンみょうほうれんげきょうなのか
いくら猫だからといって
般ニャー心経ならできすぎというものか

これクロよ
いくら畜生とはいえ出家の身となったからは
徒な殺生はなるまいぞ
お前の好きな尻尾のないトカゲも
時々くわえてきた雀なんかも
もはや今のお前には縁なき衆生
飢え死にするかもしれないが
それはそれで立派な即身成仏というものさ

ところでクロよ
いったいお前は出家して
何をもって仏道修行とするのかね?
山伏なんぞになろうものなら
それより早く山猫になっちまうだろうし
座禅をするにはお前の背中は
いささか姿勢が悪すぎる
やはりあれかい、焼けたトタン屋根の上で
踊る姿は念仏踊り
なるほど時宗ならば遊行三昧
猫のお前にはあい相応しいというものさ

「もしもし父さん?
 俺だよ、今駅についた。
 ああ、車でなんか迎えに来なくていいよ
 もうじきバスが来る。
 バス停から少しだけ歩いてみたいんだ、
 母さんの墓まで。

 ところでクロはどうしてる?
 夕べ帰って来たのかい?
 よかったじゃないか、少しは
 寂しさが紛れるだろうってもんじゃないか」

電話によると我が家の猫は
夕べ還俗あそばされたらしい
今頃は家の中で一番涼しい
玄関のコンクリートの三和土の上で
目を細めて三昧の境地かもしれない



自由詩 猫の出家 Copyright 山田せばすちゃん 2003-12-20 01:56:27
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