影のない八月
安部行人

八月、
太陽が終わりのない明るさで街を照らす八月、
影のない者は日陰をたどって歩く
わずかなあいだなら
太陽を見据えることもできるが
かれには影がない
影のない者は太陽の下を歩くことはできない


八月、
影のない者が通り過ぎる
影のない者は曲がりくねった裏通りをゆく、
太陽の明るさから身を隠しながら
かれにもかつて影があった、
二十世紀の終わりまでは
かれにもかつて影があったのだ、
引きかえせない橋を渡るまでは


八月、
太陽はまだ輝いている
影のない者は黄昏を待っている
過去から現在まで
多くの日が流れた
正午から黄昏まで
終わりのない繰りかえしがあった
影のない者はいま
かすかに振りかえりながら
いくつもの橋を渡り
いくつもの河を越える


八月、
終わりもなく始まりもない季節が
影のない者のうちに積み重なる八月、
かれは太陽から逃れながら
黄昏をめざして歩く
太陽に眉をしかめながら
曲がりくねった裏通りを、
影のない者が。


自由詩 影のない八月 Copyright 安部行人 2005-08-07 22:08:50
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