君と九月と、あの空と
嘉野千尋
夏の最後の日差しが眩しくて
何も言えずに目を閉じた
晴れた空に向かって
君は背伸びをして手を伸ばす
それでも僕は何も言えない
ひと夏が終わるたび
僕らは海辺の丘から
帰ることのない夏の日々を見送り
置き去りにされた濃い影が
焼けたアスファルトの上を
じりじりと進んでいく様子を見ていた
夏雲がやがて嵐を連れてくることを
水面がさざめいて静かに季節が移ろうことを
呼吸するように僕らは知っていた
あの夏、見上げた空はどこまでもただ青かった
君は空を睨んだまま
遠くへ、とひとことだけささやく
どこへとは訊けなかった
さよならの代わりに背を向けた
あの夏の終わりの、幼い恋
戻らない夏が重なって
いつか秋空に流れていくように
僕らの小さな願いも流れればいい
夕立が視界を一瞬灰色に染めて
夏の最後は金色に染まった
君を見送った夏の午後
あの空はまだ晴れていた