豆腐(国産有機丸大豆使用)に注ぐ涙について
佐々宝砂

我々はバカなことをしたかったのである。
否、バカなことをするべきときだと信じたのである。

夜9時から翌朝7時までチャットをするとか
明け方4時に大音量でヘビメタを聴くとか
あてもなく売れない詩を書き続けるとか
そういうことではなくて。

そう。そういうことではないのである。

我々はまず近所の農家のオバサンから大豆を買い
(当然のことながら無農薬有機栽培丸大豆である)
創業二百年という豆腐屋でニガリを買い求め
(無論その豆腐の味には定評がある)
大きなコッヘルとアウトドア用ストーブとタンクと焼酎と
そのほかもろもろの必要なものを車に積み込み
南アルプスのいずこかにあるという
清い水湧く秘密の場所めざして出発した。

道程の最後は歩きであった。

秘密の場所にたどりついた我々は休む間もなく
清水を汲んで沸かし大豆を茹であげ
それをまんべんなくつぶし清水で薄め
それを京都で織られたという布巾で濾し
それが適当な温度になったことを確かめニガリを投入し
それが固まるまでのあいだも休むことなく
沢に入ってワサビを採取し鮫皮ですりおろし
(わずかに砂糖をくわえることを忘れてはいけない)
超特級醤油と焼酎を用意した。

我々は期待に打ち震えて豆腐を眺め
まだ生ぬるい豆腐の白くなめらかな表面に
うっすらと醤油をかけワサビを添え
箸をとった。

そのとき突然の喝采とファンファーレが我々の耳をろうした。

それは我々の仕事をほめたたえる拍手であり
テレビ番組制作者が挿入した音楽であり
スポンサーからのお知らせを告げる声であった。

なんたることか!

我々はできたての豆腐を前に涙した、

我々はバカなことをしたかったのである。
否、バカなことをするべきときだと信じていたのである。



自由詩 豆腐(国産有機丸大豆使用)に注ぐ涙について Copyright 佐々宝砂 2005-07-29 13:53:49
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