Cafe Le Poete ♯2
服部 剛

レジの上に置かれた写真立ての中で
歩き始めたマスターの子供が
両手を握り ひざをかがめ
階段から飛び跳ねようとしている

怖れを越えた先にある
未来の着地点を
澄んだ瞳で見据みすえて

今夜の店内は大盛況
四方八方のテーブルから
機嫌よく会話を弾ませる言葉達が
カウンターに座る僕の背後で飛び交っている

一月ひとつき前の夜
店内の客は仕事帰りでくたびれた僕一人
心配顔で店のドアを開けた
母親と息子のマスターは店の外に出て
重い沈黙に口を結んで向き合っていた

一月後の今夜
カウンターの外で奥さんは
次々と頼まれるオーダーをメモにとり
カウンターの中でマスターは
右へ左へひっきりなしに動きながら
額に汗をにじませて
フライパンを手に取っては
威勢のいい炎を昇らせている

メインディッシュのステーキを
しあわせそうにほおばる僕に

「足りる?」

といつもの言葉をかけるマスターに

「今夜の夕食は最高です!」

と言いながら
ワインに酔ってふやけた脳裏のどこかで
写真の中のひとりの子供を守る為
こんなにもひたむきなふたりの背中が
三十歳になった僕の
両親の昔より少しかがんだ背中に重なり
長い間忘れていた想いが
胸の奥で泉となって湧きずる

忙しさの中すました顔で
空になりかけたコップに水を注いでくれた奥さんに

「ふたりだけで、大変ですねぇ・・・」

と言うと

「いやいやこんなもんですよ」

その横でニッコリ微笑むマスターは

「いやぁ〜、大変です・・・!」

と頬を伝う汗を手で拭う

カウンターの中で肩を並べた
対照的なふたりの間には今夜
目には見えない光を帯びた赤い糸がたゆたい
互いの小指に結ばれていた 











自由詩 Cafe Le Poete ♯2 Copyright 服部 剛 2005-07-28 22:10:07
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