書評: 『世界で一番美しい病気』/中島らも
mana

 嗚呼、なんてバカだったんだろう!

 文庫サイズなんだから、意味なく上製本にすることはないのだ。そんなことをするくらいなら、値段を半額にしてくれよ! よくある文庫本のボリュームで表紙が硬いからと、1,000円なんて値段はバカらしい。けれど出版元が角川春樹事務所なので仕方がないと言えば仕方がないのが文学作品の哀しさだ。

 しかし僕は買った。中島らも氏の『世界で一番美しい病気』である。

 『砂をつかんで立ち上がれ』を読んでから、中島らもが気になりだした。そんな僕は正統派の中島らも好きとは言えないだろう。『世界で一番美しい病気』は予想通りだったけれど、それでもやはり面白い。完全に舐めていた。というか、興味さえなかった。縁がなかったのだろう。この作品以前にも、ちらりと中島らも氏の著作を読んだことがある。正直、あまり面白くなかった。なんか病院周りして睡眠薬を貯め分配する、みたいな話。けれどこの『世界で一番美しい病気』は違った。


 『微笑と唇のように結ばれて』


 『世界で一番美しい病気』の中の一編である。それは本当に美しい説話だった。哀しいくらいに美しい。20ページ弱のこの短編一作に1,000円払ったのだとしても、僕はなんの後悔もない。 久し振りに本当に美しいと感じた。

 「殺さないかわりに傷つけるなら、傷つけないで殺してくれ」

 美しい。コトバが生み出す光景がこれほどまでに美しいだなんて。

 しかし、この台詞が美しいのはこれが「物語」だからである。確かに「耽美派」なんてのがどこかへぶっ飛んでしまうくらいに、僕はこの物語に美を感じた。

 けれど。

 この世で生きていこうと思うなら傷などついて当前なのだ。それは「つけられる」ものでもあるし、「つける」ものでもある。どちらか一方だなんて有り得ない。ここで生きている僕たちは、いつでも加害者であり被害者で。そしてだからこそ、なんとか生きていけるのだ。 「傷つけたくない」という思いだけが募ってゆけば、もはや身動きなどは出来ない。そして「傷つきたくない」という思いだけが募っていっても、やはり身動き出来なくなる。

 僕らは何度も何度も転んで起きて、歩くことを身に付けた。傷つき、傷つけながらしか、僕たちは生きていくことが出来ないのである。そしてだからこそ、「出来ることならば傷つけ合わずに生きてゆきたい」というその思いは、安逸でありながら切実となる。その願いは祈りに似て、やはり美しいものだと僕は思う。

 そんなバカはいないとは思うが「傷つけないで殺してくれ」なんて台詞はこの世で吐かれた日にはもう、しらけてしまうことこの上ない。簡単なことだ。この台詞をあなたがコトバとして発する時、あなたはすでに相手を傷つけているからである。 傷がつこうが傷つくまいが、癒えようが癒えまいが(※ちなみに僕はこの「癒える」はまだしも「癒し」なるコトバがあまり好きではない)、僕らは生きていくしかない。 互いに互いを傷つけて、時にはじぶんをも傷つけて、痛みを知りながら生きていく。

 それはきっと、この『微笑みと唇のように結ばれて』よりも、ずっとずっと美しい。


散文(批評随筆小説等) 書評: 『世界で一番美しい病気』/中島らも Copyright mana 2005-07-25 19:03:54
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