雨の山道
渡邉建志

雨が降っていた
暗い門の下で
男が三人いて
僕がその一人だった
門の先に続くのは
センチメンタルな山道だ

雨が小降りになってきたので僕は歩き出す
男が「大丈夫かなあ」と言っている
分からない

細い山道は哲学の道よりもっと狭い
二人並んでいっぱいだ
鹿ケ谷通りよりも寂しい
人はほとんど通らない
客のいないラーメン屋が三軒並んでいる
近くに天使たちの通う高校があるが
どうやら今日は休みらしい
平日は天使がここで
ラーメンを啜るのだろう

宿に着いて玄関から中を覗くと
暗くて誰もいない
こんにちはあ、こんにちはあと叫んだら
あごひげを伸ばした兄が出てきた
まだ部屋に前の人がいるから
ここで待っている、と言った

はやくチェロを弾かなきゃ
はやくチェロを弾かなきゃ
僕は焦っている

振り返れば
かつらをかぶった三人の子供が
ふわふわ棒を振って踊っている
金髪の三人の少年が
それを見て冷やかしながら
一緒に踊っている
不思議な音楽が流れている

象に乗った二十二歳の女の子が
ぴっちりした白黒の横縞のTシャツを着て
これからイギリスに行くところだと言う
荷物は何も持っていなくて
トイレはどうするのだろうと僕は思う

それから 海を渡っていく象と女の子を
瞼の裏に見る

気が付けばもう一人の僕が
一単語ずつ話す象の上に乗っている
象は苦労しながら、鼻と前足でドアを開けることができる
少し痛そうではある
僕たちは街のような大邸宅を進んでいく
食事したりお酒を飲んだりしている人々の視線を浴びながら

僕たちは部屋を抜け庭を抜け
ヨーロッパ人の家の中庭につく
男が出てきて象とキスする
「遠くからよく来たね」と男が言う
「お久しぶり」と象が言う
男は僕にもキスしようとする
これがヨーロッパ風なのだと
僕は知っている
象が「嫌がっちゃ、だめ」と言う
余計なことだ
僕らはキスを交わした
ひげの匂いがした

男と僕と象は家に入って
いろりを囲みながら英語で商談をした
金髪の少年が現れて
見てていいですか、と言った
男はまじめな顔で、英語だぞと言った
少年は、じゃ分かんないやと言って
また、ふわふわ棒の子供たちを
冷やかしに行った

もう一人の僕はそこでまだ
チェロを弾かなきゃ
チェロを弾かなきゃ

焦っていた
外はまだ 
雨が降っていた













2002.11.25


自由詩 雨の山道 Copyright 渡邉建志 2005-07-24 02:16:32
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