トカゲと私
スプートニク

今日は私と彼の結婚パーティー
私も彼もとてもたくさんの人に招待状を出した
なのに私の友人は誰も来なかった
唯一来てくれたのは私の七年来の友人
「一匹のトカゲ」

会場は彼の友人達で埋め尽くされた
彼の両親もさっき入り口近くで見かけた
私のたった一人のお客は柱の裏側の席で静かにしている
トカゲは 酒もタバコもやらないので
次々と運ばれてくる料理を食べ水を飲む

会場は 祝福の声とタバコの煙でくもっていく
私の純白のドレスは黄ばんでいく
彼はさっきから 酒を注がれ過ぎている
笑ったり泣いたり忙しそうだ

「新郎新婦お色直しのため退場です」
誠実そうな司会者がマイクにむかって言う
夜空色のドレスに着替え化粧を直している隣で彼が言う
「愛想笑いの癖気を付けろって」
今日ぐらいその顔どうにかしろよ
その笑い方気分が悪い
タバコをひねり潰して立ち上がった彼の腕に自分の腕を絡めた

「新郎新婦ご入場です!」
彼の女友達がはしゃぎながらシャッターをきる
夜空を引きずりながら19卓のテーブルを彼の後についてまわる
トカゲは席にいなかった
四つ葉のクローバーが張り付いた巨大なキャンドルに点火する
その巨大さに不釣り合いな小さな火が灯る


彼が席を立ち 友人と気持ちの良い笑いを楽しんでいる時
トカゲがやってきて膝の上にスルスルとのぼってきた
「とてもキレイだよ」
まるで夜みたいだ
トカゲはこの七年間 一度も嘘をついたことがなかったので
私は素直に嬉しがった

「君が困っているんじゃないかと思って」
ほんの気持ち とトカゲは正方形の小さなピルケースを差し出した
中には赤い粒が二粒 金色の粒が一粒
「寂しくなるよ」トカゲの目に涙が浮かぶ
トカゲが泣くのを初めて見た
「人一倍欲の深い女だったよ」トカゲは愛おしそうに瞬きをする
夜空色のドレスをコロコロとトカゲの涙が滑り落ちていく

「泣かないで」
哀しくなってしまったのに 私は人目を気にして泣けない
トカゲの哀しみはドレスの裾から足首をつたい
太股を這いおなかの辺りにとぐろを巻いて染みこんできた
あまりの哀しみに口がきけなくなってしまった私に
「これを飲めば君の欲は全て消えてしまうよ」とトカゲがやさしく話す

怖がらなくていい
欲が無くなれば失う悲しさも無くなるんだ
諦める辛さも無い その前に求めなくなるんだから
理不尽さに腹を立てる事も無い ここはそういう場所なんだと思える様になるよ

「まだ覚悟が決まらないの」と私は目だけで伝える
トカゲは少し考える風をして
「じゃぁ」とひいやり冷たい足を私の胸にペタペタ貼り付けてのぼり
首筋をやさしくひとなめして赤い粒二粒と 金色の粒一粒を自分の口に入れた
「一緒に」とくぐもった声で私の唇を鼻先で押し開き舌の上に前足を乗せた

涙が出た
トカゲはのどの奥へと進んでいく
私はトカゲを口にふくみ舌先で背中をなぞる
トカゲが振り返りもせず先へ進むので寂しくなってしまい
前歯でしっぽを甘噛みすると
のどの奥から小さな舌打ちが聞こえた
舌打ちはトカゲの癖だ
「しかたがないない餞別だ」とトカゲはしっぽを切り離した

「ゴクリ」
勢いでトカゲを飲み込んでしまった


彼が友人と笑いながらこっちへやって来た
「おめでとう」
彼の友人と思っていたのは私の学生時代の友人だった
「ありがとう」
私はすごく幸せな気持ちがした
「ありがとう」
涙がずっと止まらないの
彼はあれほど言ったのにハンカチを忘れてきたので
膝の上のナフキンで涙を拭く

何かが落ちる
「なぁにそれ」
友人が気味悪そうに指さす
一切れの肉片 しっぽ
「捨てた欲」
私の命 私の恋人 私自身


私は幸せ
私は何も求めない
彼が私を必要とする間この場所にいるだけ

私は幸せ
不満も不自由も哀しみも無く生きている
腹の奥で時折 ヒクヒクのたうつものがあるだけ


散文(批評随筆小説等) トカゲと私 Copyright スプートニク 2005-07-17 00:48:33
notebook Home 戻る