クライシス
こしごえ

カツン
病院の夜
廊下に映る非常灯
漂う薬品のにおいに
鈍く刺激される静寂

今夜は無風
女はそういったことを言ったと思う
喫煙所の密室(いまどき室内なんて珍しい)
いつからここにいるの
ふちで波紋が広がったころには
ひぐらしの声が耳をついて眠れないの
もうすぐ冬だっていうのにねえ
裏の広間の銀杏いちょうの実は
落ちた
今夜は星空
女は視線でそういった、と思う
でも、ここはどこかしら
心の奥の静かな宇宙
そんなことをいうと
ふふっとほほえむ女は
あたしの確証は広くて遠く残らない
という姿で
どこか鮮明な移ろいをもち
原子レベルで透けた吐息で
タバコの煙を吐き出していた

これには後日談があって
女は無事に退院していったそうだ
そこで
固有名詞の欠如が朝日を垂直に受けとった


自由詩 クライシス Copyright こしごえ 2005-07-14 14:16:19
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