死診
恋月 ぴの
N大学病院の暗い廊下
名前を呼ばれるまで
俺は硬いベンチにじっと座る
ある種の臭いが辺りに漂う
無意味な延命治療を施された
患者が発する死の臭いか
それとも
薬漬けになった患者が吐き出す
プラズマのような薬品臭か
「鈴木さん診察室へどうぞ」
「鈴木」って言う名は俺の名か?
廊下にもまして暗い診察室に入ると
若い看護士に促されるまま
白いシーツにくるまれた
寝台に俺は横たわる
ついに
俺は運ばれるのか冥土の果てに
それとも
医師の生暖かい手ざわりが
俺の脳みそをかき混ぜて
俺を他の「鈴木さん」として
蘇生させようと言うのか
俺が名前を呼ばれた「鈴木」で無いならば
未だ診察の順番を迎えていない訳で
忙しそうに行き交う看護士を
ぼんやりと眺めては
欠伸をひとつふたつと数え
何時の間にか手渡された
石鹸を握り締める