移民
カンチェルスキス





 通り魔が居眠りする路上で
 おれは通り魔を殺した
 こわくない
 おれはたった一人の人間だ
 心臓と肺を持つ
 たった一人きりの人間だ
 長い長い
 疲労感と倦怠感、頭痛と震えに
 鈍器で殴打された後のような全身の痛み
 口に押し込められた角材のような氷が
 けっして溶けることはなかった


 電信柱の軋みに耐えられなかった
 姿を見つけたおれは
 殴りかかるより先に
 そいつの生命を停止させていた
 いかなる理由も痕跡もなく
 殺されたかもしれない
 殺すかもしれない
 殺されないかもしれない
 殺したのかもしれない
 かき混ぜた重油のような心理が一瞬消えて
 殺した
 おれは自信を持って殺していた


 苦味ばしった蝿のような通り魔
 おれを殺すはずだった
 おれに殺された
 塀の上に立った白猫が
 死んだそいつの皮膚を舐めて
 道路を横断した
 記憶に残らない死
 ずり落ちたズボンのような
 弛みきった街で生まれた
 汚れも消えたそいつの洗濯物が
 ぬるい風になびいていた


 おれは手についた赤錆を拭った
 




自由詩 移民 Copyright カンチェルスキス 2005-06-24 14:52:25
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