あの日、飛び越えた五線譜を
霜天

忘れない
高い小さな窓から覗き込んだ時間を
校舎の隅、零れていた笑い声の隙間に混ざった寂しさを


夏だった
世界がゆっくりと溶けていくまでの時間を
知らない、知ることもない
あと少し、もう少しだと
どこかで信じている体の隙間を
埋めるように手を当てた
胸のあたり
僕らが心臓に気付ける場所

戻り過ぎるということはない
あの頃、世界は確かに溶け出していた
両手を広げて、目を閉じると
僕だったものがぽたぽたと零れ落ちた
振り返ると数えられないほどに遠くまで
僕らが水に戻るまでに
あとどれだけの距離だろう

あの日、飛び越えた五線譜を
なぞってみても声は聞こえない
逆さまにすると、ばらばらと音符が零れて
地面に吸い込まれていく
もう声は聞こえない
もう声はなぞれない
あの日よりも確かに世界は
溶けて、零れて、蒸発しているみたいだ


溶けていく、世界のすべてのすべてが


あの頃、僕らに混ざっていた寂しさを
小さな窓、投げ捨てたはずの物たちを
振り返る、その時に
触れることのできる距離のために
埋めるように、もう一度、手を当てる


自由詩 あの日、飛び越えた五線譜を Copyright 霜天 2005-06-24 02:21:40
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