黒田康之

僕の血を吸ったばかりの
大きな腹をした蚊が
ベープマットの上を飛び過ぎて
週末に掃除しただけの木の床に落ちる
音はなく
羽ばたきもせず
すとりと落下した
自由落下のそのまんま
でも
その張り切った腹は割けることもなかった
もし生きていたならその腹の中の僕の血は
おまえの子どもを育てたのだろう
けれどおまえはこの床の上で絶命する
執念としておまえの腹は割けないのかもしれないな
そう思って指の腹でおまえを押しつぶすと
申し訳のように小さな小さな血溜まりができ
そうしておまえの生涯は終わった
お前の羽音が
今晩僕の耳元で鳴り止まないとしても
僕は僕の血で濡れた指で
毛布を深くかぶって
お前の死を悼みながら眠るのだろう
それでもベープの電源は入れたままで
緑のランプはお前の友人たちの墓標として光るだろう
お前の愛する夫は
草の葉陰で夜の露を飲んでお前の帰りを待つのだろうが
お前はもう帰ることなどない
深く契ったお前はこうして血を流し
床板に晒されたまま朝を迎える
残念にも毒薬を含んでしまったその体はもう夫のもとへは帰って行かない
執念で破れなかった腹を破ったわたくしは
こうしてお前の夫と同じ月を見ている
私は毛布の影で
お前の夫のようなか細い寝息を立てて
レクイエムとしての羽音をお前のために鳴らして眠る
お前は俺の血を吸って
生涯をかけて契ったのだから
そのありきたりの末路を
ただ見て
そうして眠る
すべては毒薬の上を飛んでいったお前の罪だということにして


自由詩Copyright 黒田康之 2005-06-14 23:54:23
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