PRESS ENTER■
佐々宝砂
一日に一回
空は夕焼けに染まる。
晴れていたなら、だけど。もちろん。
夕暮れてゆく世界は私の手の中にあって
私は一杯のコーヒーを飲み干すみたいに
簡単に
それを飲み干す。
でも確かな違和が天啓として
空に描かれてゆく、
飛行機雲が描くその文字は、
今のところノンときっぱり。
あれはあなたからの伝言。
なんと高度に象徴的な。
私は電車に乗る、
電車は見知らぬ郊外を走ってゆく。
いいえ、見知らぬ、というのは嘘。
私の記憶に入力されていた風景には違いない。
斜めにさす日ざしが
にっこりほほえむトマト顔の看板を照らしている。
茶畑だらけの山並みが流れて
海のほかにはなんにもない風景に変化してゆく。
東に向かっているのかしら。
ううん。
西も東もない。
私は外部をめざしてぐるぐるとまわっている。
一日に一回
空は必ず夕焼けに染まる。
空はいつも晴れている。
世界は私の手の中にあり
私は一杯のコーヒーを飲み干すみたいに
簡単に
それを飲み干し、
でもあなたは外部にいる。
だから、どうか、
PRESS ENTER■
なんでもいい、
あなたのことばがほしい、
あなたのデータがほしい、
入れてほしい、
どうか、どうか、
PRESS ENTER■
あなたがコンピューターの夢であろうとなかろうと、
いいえ、私にもわかってる、
知らないわけじゃない。
私がコンピューターの夢。
タイトルを昔のSFから借用しています。
『PRESS ENTER■』
ジョン・ヴァーリィの古いSF短編のタイトル。