お帰りだけで埋まっていく
いとう




エレベーターに乗るとお線香の匂いがしておじいちゃんが帰って来たんだと思いました
10階にあるマンションのドアを開けるとおじさんやおばさんや知らない人がいっぱいいて
みんなでお寿司を食べていました
私は制服を脱いでこの前買ってもらった喪服に袖を通します
お母さんも喪服です
今日はお通夜です

病院にはあまり行かなかったけれど
行ってもチューブだらけで話ができなかったので面白くありませんでした
おじいちゃんはエレベーターがつらいようであまり外に出なかったけれど
倒れる前に一度だけ
「ここから棺桶を入れるのか」と
エレベーターの奥にあるフタを見つめていました

「夏は腐敗が激しいから」と
誰かが小声で話しています
おじいちゃんは棺の中で
なんだかよくわからない顔をしています
夜になってお父さんが戻ると
お線香の匂いが強くなったので
私はおじいちゃんのそばに行って
「すぐにいなくなっちゃうけど、今日はお帰りなさい」と
もう一度お線香をあげました
明日おじいちゃんはエレベーターに乗って
どこかで焼かれてしまいます
部屋中がお線香の匂いで埋まっていきました






自由詩 お帰りだけで埋まっていく Copyright いとう 2003-12-04 01:12:59
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