頼りない昼間
後期
最近、昼間がどうにも頼りない。
最初に気づいたのは、会社の窓から外を見たときだった。
ビルの影が地面に落ちている。
それ自体は、どこにでもある昼の景色だ。
だがその影が、どういうわけか、少し遅れて動いていた。
人が歩く。
影は半歩ほど遅れて、あとを追う。
最初は目の錯覚だと思った。
ガラスの反射か、ただの疲れ目だろう。
私は窓から離れ、机に戻った。
しかし、しばらくしてもう一度見ると、やはり遅れている。
影が歩幅を詰めるようにして、持ち主を追いかけていた。
翌日も同じだった。
ただし、遅れ方が違う。
昨日は半歩だったのに、今日は二歩ほど遅れている。
三日目には、ほとんど追いつきそうになっていた。
影が急いでいるように見えた。
私は同僚に、その話をした。
「影が遅れて歩くんだ」
同僚は笑った。
「夜の話だろう?」
なるほど、と私は思った。
夜なら、影は異常に伸びるし、消えたりもする。
何が起きても説明できる。
だが昼間は違う。
昼間は説明の時間だ。
物の形や距離や順序が、きちんと並べられる時間である。
もし昼間が説明をやめたら、どうなる?
それは
小さなことから着々と始まる。
例えば、時計だ。
昼間の時計は、少し遠慮がちに進む。
秒針が次の数字へ移る前に、わずかに躊躇する。
まるで
「本当に今でいいのか」
と誰かに確かめているようだ。
そのうち私は、昼間そのものに聞いてみることにした。
もちろん、昼間に口はない。
だが窓を開けて、しばらく街を見ていると、昼間は街全体を使って話しているようだった。
信号が青になる。
トラックが止まる。
風が電線を揺らす。
それらをつなげると、意味が見えてきた。
「夜が増えすぎたのだ」
私はしばらく、その言葉を考えた。
夜が増えるとは、時間の話ではないらしい。
人が夜を持ち歩くようになった、ということだ。
ポケットの中の小さな画面。
昼でも閉じたカーテン。
眠らない部屋。
そういう小さな夜が、昼間のあちこちに増えている。
昼間は、それを避けながら進まなければならない。
だから遅れる。
だから頼りない。
その話を聞いてから、私は昼間を責める気がなくなった。
窓の外を見る。
人が歩き、影が遅れてついてくる。
そして、その日、ふっと
私も、一員になったんだと
思った。
机の横に、もう一つ椅子がある。
そこに私が座っていた。
腕を組み、
頼りない昼間を
眺めている。