小説の習作 原稿用紙三頁 #27
田中教平

 彼が散歩から帰ると、右脚の膝にやはり違和を感じ、シャワーをそこに浴びせようとしたが、最近は、暑いのか、寒いのか、トント分からぬ、と感じていた。
 着替えて、書斎に向かうと、ノート・パソコンで一件の記事を捜して検索をかけた。
 米ロック・バンド、ニルヴァーナのメジャー・ファーストアルバムでは、プールに飛び込む赤ん坊の写真が使用されているのだが、その当時、赤ん坊だった男性が、自分が赤子だった頃、裸の写真をアルバムジャケットという形で公にした事を理由に、ニルヴァーナに対して訴訟を起こした、という記事である。
 ユウスケは色々、考えたが、ひっかかったのはやはり自分の人生に於いての問題であった。
 彼は脳に障害を負うた身でありつつ、以前山の中の一軒家に家族と住んでいたのであるが、その暮らしに満足していた。しかし、家族で、市内の中心部に引っ越す事になり、彼は、勤務地が、その山の中の家から近かった事もあり、引っ越しを拒否した。すると、山の中の家に一人、取り残される形になってしまったのである。
 確かに彼は成人した大人であった。しかし明確にハンディキャップに苦しみ、気分不安定が度を越し、寝込んでしまった事も多々見受けられた。
 その、自分を一人残し、引っ越してしまった家族の動向というものに対して、今、冷静になった頭で、考え直してみようと思ったのである。
 そうすると、全くあんなに仲の良い、そして今もしっかり付き合いを持っている実家との関係性が、わからなくなってしまったのである。
 確かに、今、現在、実家の家族との仲は良好である。良好過ぎるといってもよい。
 それはユウスケや妻のカナが、実家に対して配慮し、イベント発生時には、必ず贈り物を送ったり、また、実家側からは、お米まで頂いてしまったり、仕事を紹介されたりと、何かと優遇して頂いた恩がある。
 しかし、ニルヴァーナを訴えた男性のように、ある日突然、そのとき、自分の置かれている身が、やはり、おかしいのではないか、と思いかえす、疑問に思う、悩む、という事も人間だから、当然あるのでないかと思ったのだ。
 自然の中を歩きながら、ユウスケはやはりかつて住んでいた山の中を思いかえし、よく散歩したものだと思った。
 そうして、丹念に記憶を辿ってゆくと、いきなり、朝起きたらば、それは必要最低限の家具などは残されていたが、一人だったのである。
 その、記憶だけが、彼の人生を考える中で、際だって奇妙というか異質だった。別段、もう忘却してしまいたいとも考えたが、彼はやはり、この事は強調して書いておくべきだと思って、ペンをとったのである。

 


散文(批評随筆小説等) 小説の習作 原稿用紙三頁 #27 Copyright 田中教平 2026-03-08 02:52:40
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