ある息子の一生
ばんざわ くにお
あるところに賢い男の子がいました
父親の期待を一身に背負って
男の子は成長しました
父親の夢は息子を医者にすることです
そのためには
息子の勉強に邪魔になる誘いは
父親が全て断りました
近所の子供達が野球の遊びに誘いに来ても
父親が断りました
小学生の友達が河原の石投げに誘いに来ても
父親が断りました
中学の友達がプールに誘いに来ても
父親が断りました
高校の友達が映画の誘いに来ても
父親が断りました
息子には家で勉強させました
小学校の時代は
緊張のうちに過ぎ去りました
中学校の時代は
葛藤のうちに過ぎ去りました
高校の時代は
焦燥のうちに過ぎ去りました
決して裕福とは言えない家でしたので
国立大学の医学部を受験するしかありませんでした
しかし
猛勉強の甲斐もなく
ことごとく不合格でした
二浪三浪四浪五浪
浪人時代は続きました
二十二年目の受験が不合格の時に
父親が病気で死にました
息子の受験は終わりました
長く続いた受験勉強で
息子は疲労困憊の極致です
息子は四十歳になっていました
やがて息子は工場で働き始めました
しかし世に出て働いてみると
父親が医者になれと言っていた理由が
よくわかりました
そこで
息子は工場に行くのをやめて
再び医学部を受験することにしました
しかし再び
二浪三浪四浪五浪
息子の不合格は果てがありません
不合格の年月を重ねました
そして
息子が六十歳の時に
重い精神病になり
精神病院に入院しました
失意の入院です
ところが入院してみると
まんざら精神病院も
悪くありません
同じ病の人と話ができて
知り合いができました
病院内では働く必要がなく
受験勉強する必要もありません
まるで天国のようではないかと
息子は思いました
この病院にいる時が
人生で一番
おだやかで幸せなときではないか
あの受験勉強で疲労困憊した日々は
いったいなんだったのだろうか
やっとたどり着いた安住の地で
息子は
人生の最後を迎えたいと
思いました
【後記】
先日、田舎の実家に帰省した時
近所の人との世間話で同じ町内のAさんが
現在、精神病院に入院していることを知りました
この人は現在78歳で中学生の頃から
父親が医者にしようと家で勉強させていました。
しかし、何年受験しても合格することなく
父親は亡くなってしましました。
その後、地元の工場に就職しましたが、
医者になれなかったことを後悔していると
いう話でした。ある時、工事の食堂で
突然あばれだして精神病院に入院したのでした。
それから何十年がたっていましたが、
久しぶりに帰省してみると、又この人が
精神病院に入院したことを知りました。
私は現在70歳ですが、小学生低学年の時に
田んぼで遊びの野球をしている時にメンバーが
足りなくなって、この人の家に野球を誘いに
行きましたが、父親にきっぱり断られたのを
思い出しました。
この詩はその時に生まれました。
その人の人生はその時その場で
本人が自分にとって一番良いと
本人が自分で判断して進んでいます。
誰もそれを批判することはできません。
どのような人生になったとしても
それは本人が懸命に生きた結果なのです。