船の名前
岡部淳太郎

われわれは行く
海の道をつま先でなぞって
名も知らぬ船に乗って
われわれは行く
炎と水の間で
われわれの生は簡潔に揺さぶられる
誰も
海について本当のことを知らない

われわれは泳ぐ
海の喉を指の腹でかきわけ
名も知らぬ船に乗って
われわれは泳ぐ
息継ぎの合間で
われわれの歌はほんの一瞬とぎれる
誰も
歌に関する本当の意味を知らない

帰る道を忘れた魚が
波の中でひそかに囁いている
帰る場所にたどりついた砂が
波の端でひそかに瞑想している

帰る道を探して波は
遠いどこかで荒れくるっている

われわれは滑る
海の肌を這うように撫でて
名も知らぬ船に乗って
われわれは滑る
飢えた時の狭間で
われわれの水は限りなく更新をつづける
誰も
海の本当の味を知らない

上空から見下ろす
海鳥のような視線を持つ者よ
われわれが乗る
船の名を教えてくれ
その名を知らないことが
われわれの旅の行末を決めるのか
われわれには
知らないことがあまりにも多すぎる

波は
ただ繰り返す
生は
ただ繰り返す

この海の上で漂う
われわれの時を崇めよ
われわれは潜る
名も知らぬ船に乗って
この海の核心へと迫る
われわれはやがてたどりつく
波の揺籠の果て
苦い塩の尽きる場所へ

われわれは
この船の名をいまだに知らないのだが



(二〇〇五年六月)


自由詩 船の名前 Copyright 岡部淳太郎 2005-06-05 17:51:46
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