「あなたはまごころを忘れていませんか?」まごころを失ってしまいそうな現代日本を神の視点で描く、大人の...
ジム・プリマス

あらすじ

 このものがたりは天照《あまてらす》の視点で描く「まごころ」失ってしまいそうな日本の、大人の為の寓話集です。天照は異次元の力で、このものがたりの現実の人間巣様の三次元の表層を滑ってゆく。そこにはどんな世界が展開して、広がってゆくのか。お楽しみ下さい。

*リユースショップ主婦店員「差阿津播輪厄子《さっぱり・わやこ》」の場合

「差阿津播輪厄子」の場合 1


 差阿津播輪厄子は長年、主婦を勤めてきたが、としごの子供が二とも地元の高校を卒業して、地元の大学に入学したのを境にして、地元の大手のリユースショップでパートで働き始めた。

 押しが強く親分肌の輪厄子は配属されたホビー部門に勤めている、主婦パート達の人心を掌握するのに勤しみ、半年くらいの期間で。敵になりそうな天敵、を剣戊戌集を駆使してすべて、排除してしまった。

主婦パートのリーダーに収まった輪厄子には、学生アルバイト達も、若い社員も、盾突くものはいなくなった。 

尊敬されているというのとは違う、あのオバサンにはさからい方がいいよ、厄介だからな、とみんなの評価がかたまったということにすぎない。

そんな輪厄子の一面だけを見て、売り場主任の飯田は、頼りになると、ミスリードして、働き始めて一年になる輪厄子を、売り場のパートリーダーに抜擢した。

そんな時、ある客がガスガンのくたびれた化粧箱を抱えて、訪れた。

その初老の、男の髪は、頭頂部で薄くなっていて、髪はぼさぼさで無精髭を生やし、シミの付いた緑色のTシャツを着て、穴の開いたジーパンをはいていて、歩き方からして、みっともない食い詰め者であることが明らかだった。

男の持ち込んだガスガンは動作には問題はなかったが、たばこのやにのにおいがした。箱も同様で。箱の隅にはタバコの葉のくずが入っていた。

大学アルバイト君が査定をして、このガスガンに3800円の値段を付けたのを見て、輪厄子は「こんな客の商品は、安く買いたたいてやればいいのよ。」と思った。

「どうせお金にこまっているんだから、少々、安くたって文句は言わないわよ。」

その男は二か月の期間を開けて、色々な種類のガスガンを持ち込むようになった。

 二度目にその男が持ってきたガスガンは有名な玩具メーカーの人気の、綺麗なシルバーメッキのモデルで、その査定額4300円を見た時、大学バイト君に輪厄子は「2300円にしなさい。箱と本体の掃除をするのが大変なんだから。」そう言って。
「今度から、あのお客の商品は査定から掃除代2000円分、低く査定しなさい。」と付け加えた。

 2300円の査定額を見た男は不服そうな顔をしていたが、品物を黙って置いていった。

「差阿津播輪厄子」の場合 2


 そんなことが五回くらい繰り返されたあと、男はまたガスガンを持ち込んきた。そのガスガンの正規の査定額は4000円だったが、化粧箱の傷み方とゴミが溜まっていたから輪厄子は査定を1500円にするように配下の主婦パートに指示した。

 その値段を見た男は気色ばんで「人気のモデルなのに安すぎる。」と初めて文句を言った。

男の不満が収まらなかったので、輪厄子は再査定して2000円の金額を示したら、男
は不満そうにしていたが、黙って砂物を置いて行った。それからその男は店に来なくなった。

ここまでで、まごころが好きな日本の八百の神々の視点で、この話を語ろうと思う。

商人にとって「お客様は神様です。」という。
個賠屋を営む者にとって品物の査定額は絶対だ。たとえ、お客の容姿がどうであろうとそれは関係ない。

輪厄子に感化されているとは言え、この売り場の大学バイトも、主婦パート達も、輪厄子自身も、この初老の客の持ち込む商品は査定額を下げても良いのだという空気が、いつの間にか、醸成されていて、誰も異論をさしはさむモノはいなかった。

食い詰めてみすぼらしい初老の男に、不快感をもつのは当然だと思う、読者のほうが多いのではないかと思う。輪厄子に同情的な人も居て当然だとも思う。

「差阿津播輪厄子」の場合 3


 輪厄子にしてみれば、やに臭くて後始末に困る商品を持ち込む、困った客をこらしめてやった、くらいのことで、気にもしていない。それは気持ち悪い虫を靴で踏み潰すのに似た快感すら、そこにあった。
 
天照《あまてらす》は嘆いていた。「差阿津播輪厄子」には神の加自分の加護は与えられない。

「日本人」ではないからだ。その理由は明らかだ。「差阿津播輪厄子」には「まごころ」がないからだ。

国常立ノ尊《くにとこたちのみこと》さまが蘇られて神霊界は復活して、高天原は再生した。しかし神代の頃から変わらない掟は存在していた。

それは、「まごころ」のない者は本物の日本人ではない。本物の日本人にではないものに八百万の神々は加護を与えることは出来ない。ということだった。

天照は異次元の力で、このものがたりの表層を漂いながら思った。

「まごころ」があれば、どうだろう?

「まごころ」があれば、その食い詰めた初老の男が、なけなしの金で買ったガスガンを持ち込んできたら、困っている人が来たから「情けは他人の為にあらず」と助けてあげようと思い。正当な査定をしてあげよう、というのが江戸から続く「人情」だ。

「まごころ」のある個賠屋の商人なら、客の持ち込んだ商品の後始末に手間が掛かろうが、厭わないのが「心意気」だ。

「まごころ」も「人情」も「心意気」もないこの店には、八百万の神々も加護を与えることが出来ない。このままなら、やがて地獄界からの波動が流れ込み、店は廃れ、地獄界と同化する。天照はそのことを嘆いていた。



散文(批評随筆小説等) 「あなたはまごころを忘れていませんか?」まごころを失ってしまいそうな現代日本を神の視点で描く、大人の... Copyright ジム・プリマス 2026-02-08 06:41:42
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