二月の初め
田中教平

  二月の初め
             
 ユウスケは統合失調症である。耳は、いいや、眼さえ信用ならないとユウスケ自身は考えていた。思考さえ信用に値しない。というか、症状が酷いときは考える事もできず、グッタリしてしまう。浴室に入って、空調の音と水の跳ねる音が混じると、決まってとおく男、女、男児、老婆と様々な声、幻聴が聞こえてくる。本当に不快だったが、文句を頭に浮かべると、それに声達が反応してくるので、流した。現在の薬に落ち着くまで、過集中になってしまう事も目立った。夜な夜な床をひたすら拭いていた事がある。
 現在、ユウスケが就いているのは、福祉就労で就労継続支援事業所だった。一日、四時間の仕事だが、ユウスケは交渉して、二時間にして貰った。リハビリも兼ねた就労であったが、それでも、ユウスケが朝起きると頭がやけにボヤボヤしたり、腹が気持ち悪かったりするので、事業所に電話をかけて、その日の仕事を休みにして貰う事が多かった。
「カナさん、悪い、タケキャブどこだっけ?」
 妻のカナが応えた。
「あるけど、飲んでる薬が多すぎるような気がするんだけど」
 ユウスケは朝の内だけで向精神薬、他の種類の向精神薬、漢方、そして胃薬、加えて禁煙補助薬を飲んでいた。
去年のゴールデンウィークの事。ユウスケは高熱を出して、救急の外来にかかった。そこでユウスケのおくすり手帳を見た男性医師は
「うーん、これだけの薬を飲んでいたら、普通の人だったらぶっ倒れちゃう」
と言った。
薬があって平穏という訳でも無かった。いつのときも、なにとなくだるい。眩暈がする事もあった。涎を垂らしてしまう事もあった。薬の副作用の説明書きで当てはまる点が多かった。しかし、ユウスケはあの不快な幻聴や妄想が現れませんようにと、祈りのように多量の薬を服すだけだった。ユウスケは基本的にはポジティブ・シンキングで、寧ろ、反省が足りないくらいだった。
「ちょっと出かけてくるよ、散歩」
「携帯持った?禅のお寺さんまで行ってくるの?」
「携帯はあるよ、そうだよ、行ってくる、運動!運動!」
 本当は、カナも連れてゆく筈であった。
 カナも持病を抱えており、運動は必須だった。しかし今朝のカナは自分の分の洗濯物をしていたり、パソコンを使用して作業していたり忙しそうだった。
朝、散歩に出ると、脳内で多量のセロトニンが生成される。セロトニンは気分安定物質、ホルモンで、ユウスケは朝の散歩に出ると気分が良くなって、蘇った感覚まであった。
 最初にこの散歩に目覚めたのは正月だった。
正月休み、カナを連れて、毎日一日に二度、散歩に出た。これは良いから毎日続けようと思った。しかし習慣化まで至ったのはユウスケだけだった。
 又、ユウスケが殊更、警戒していたのは、ドーパミンという脳内物質、ホルモンであった。
 ドーパミンは何か、報酬が、もうすぐ獲得できる、といった瞬間に放出される。やる気やモチベーションの維持の為にドーパミンの存在は欠かせない。
 しかし多量のドーパミンの放出は快楽を伴う事から、例えば殆どの嗜好品は、このドーパミンを放出する効果があるのだが、行き過ぎると依存症になってしまう。
 又、これは仮説なのだが、統合失調症は、ドーパミンの過剰分泌が原因でないかと言われている。なぜ、仮説のままなのかというと、人体実験が禁止されているからである。  
 ユウスケは嗜好品に弱く、現在、やっと服薬による禁煙治療をしているものの、以前はハイライトをパカパカ喫ったし、コーヒー、チョコレートを好んで摂った。禁煙に成功したら、こういったものからも、徐々に距離を置いてゆきたいと考えていた。
 物に依存する者、煙草やお酒などに依存している者の心の中には、「他の人間には頼れない」という、弱点が目立つという。同じ依存であっても、その依存先が多く、且つ人間への依存であるならば、それは自立だと言える。そして、ユウスケもまた、他のひとに頼る事が全くできない、意固地な性格を持っていた。
といった思考を、つらつらと頭の中で反芻しながら、ユウスケは散歩を続けた。立春を迎えたが、外は寒い。寒すぎて、少し震えた。大寒に戻ってしまったような気がする。ふと生垣に花が咲いていた。
(この花は椿だろうか、山茶花だろうか)
 ユウスケは植物に疎い人間である。彼の詩歌に具体的な花の名前が出てくる事は無かった。
 ユウスケは自宅よりとおく、大体三キロの禅寺に着いた。その寺の内側すべて、葉が掃かれて綺麗にされていた。ユウスケは流石、かつて修行道場だった場所だと思い、それからベンチで休む事にした。
 やっぱりカナも連れてきたら良かったとも思った。
(折角、禅のお寺に来たのだから、ちょっと坐禅してみよう)
 ユウスケは目を閉じた。風で木々の枝々がこすれる音がした。
 そうして、二十分経つと、ユウスケは寺のトイレを借りて用を済ませ、帰路についた。
ユウスケは帰宅して、二階ベランダに出てハイライトを喫った。ユウスケは禁煙補助薬を服用していたが、決まりとして最初の一週間は煙草を喫ってもいい事になっている。
 コンコン、とベランダの硝子戸を指で小突く音が聞こえた。カナであった。ユウスケは「おかえり」の口の形をして伝えようとしているカナに、手の指で丸を作って見せて
「ただいま」
と告げた。

 昼の十二時になり、ふたり、昼食を摂る事にした。生ラーメンだった。カナが湯を沸かし調理まで全部行った。ユウスケの前に、ラーメンが運ばれてきた。美味しそうだと思った。しかし、油。スープの表面の油の事をユウスケは気にかけた。ユウスケはカナに訊いた。
「カナちゃん、この油は精製油っていうのかな?」
 カナは応えた。
「え。精製油。・・・違うんじゃない?でもスープは全部飲んじゃ駄目だよ」
 精製油は神経に対して毒であるという情報をユウスケは得ていた。そして、統合失調症を治すにしても、この精製油を避けるのが宜しい、という情報も、ユウスケは得ていた。
ユウスケが統合失調症になった、東京時代。今から約十八年前の、二十の頃である。ユウスケは東京、自由が丘のリハーサル・スタジオに勤務していた。休憩時間には決まってスタジオの外に出て、ファストフードを食べていた。その油がいけなかったのかも知れない。ユウスケの被害者意識もあるが、なにとなく原因を探ろうとすれば、必ず突き当たるのが油をよく摂っていたという事。ほぼ毎日、ファストフードを食べていたのだ。
 たとえ、神経を治そうとして精製油を断ったとして、その効果が現れるには三年かかるという情報も得ていた。三年。ユウスケはラーメンを啜りながら考えた。この不治の病を治す事ができる可能性。しかし油を永遠に断たなければならない。そんな事が本当に可能なのか?
「ユウスケ、ラーメン美味しいね」
ユウスケはハッとして
「うん、美味しいね、格別だね、これ生ラーメンでしょう?もうカップヌードルには戻れない」
カナは
「同じ事考えてた」
と言って、ふたりまたラーメンに向かった。
 それからユウスケは食後の片づけを終えると一階、書斎に向かい、ノートパソコンを立ち上げた。WORDの『日記─雑記』というファイルを選択しひらくと、それに今日のあらまし、考えた事などを順々に書いていった。サーモスのカップのコーヒーが減る。一時間、遂に内省を終えると、ユウスケの体は硬かった。
気づけばカナは自室の寝室で眠っていた。
(今日はラジオ体操、しなかったね)
 ユウスケはカナの寝室のドアをゆっくり閉めると、又、書斎に戻ってきた。
 日記を書いて、頭の中がスッキリしたと思った。このまま、もう一度、坐禅を組んでみようと思った。椅子に腰かけ、瞳を閉じ、まずは深呼吸をして、それから自然な呼吸に戻す。呼吸の数を数える。
 この日は平穏に暮れていくだろうと思われた。
 しかし、やはり夕べ、ユウスケがシャワーを浴びていると、あの幻聴に、声達にさいなまれて、ちょっと気を悪くしたが、いつも通り流した。
 明日は日曜日である。今日は、妻のカナが多くの家事を行ってくれた。だから、明日は自分が率先して家事を行ってカナを休ませてやろうと思った。
 ユウスケが自分の額に手をやると、ちょっと熱を持っていた。
(熱すぎる?)
 三十七度二分であった。
「あらら、これは、カナに言わないと」
そうして、発熱したユウスケは、結局、次の日曜日、布団から出る事ができなかった。そして発熱外来にかかる為に、月曜日の事業所も休んでしまった。

 


散文(批評随筆小説等) 二月の初め Copyright 田中教平 2026-02-07 13:02:01
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