『琥珀の襟巻と銀の兎』 第一章:月を絞るきつね
板谷みきょう

むかし、月が今よりも丸く、
夜がまだやさしかったころ。

きつねの子は、海の底を思っていた。

月の光が届かぬ夜、人魚は歌をやめ、
暗い水の中で
静かに身を抱いて眠ると聞いたからだ。

「せめて、消えない光を届けてあげたい。」

きつねは空へ昇り、
母から譲られた琥珀色の襟巻をほどいた。

あたたかく、命の匂いのするその布で、
冷たい月を優しく包み込むと、
きつねはそっと、しかし力を込めてそれを絞った。

月の光はきつねの慈悲に耐えきれず、
銀の滴となってこぼれ落ちた。

滴は地上へ落ちる途中で熱を持ち、
白い兎のかたちを得て震えだした。

無理に引き出された光は、
もう二度と空へは戻れない命へと変わったのだ。

十六夜の月がためらうように遅れて昇るのは、
その夜に生まれた「命」という重さが、
今も空に傷跡として残っているからだった。

きつねはまだ知らなかった。
己のやさしさが、
戻らぬ命を生む残酷な装置になることを。


散文(批評随筆小説等) 『琥珀の襟巻と銀の兎』 第一章:月を絞るきつね Copyright 板谷みきょう 2026-02-05 21:30:34
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