咲子②
たま

 咲子(二)



 水部(みず)氵(さんずい)氺(したみず)
 ▽「水」をもとにしてできていて、「水の流れ」や「液体の性質・状態」などに関係する文字を集めた。漢字の偏(へん)になるときは「氵(三画)」の形になり、「氺(五画)」は「泰」などに用いられる形。

 あめゆじゅとてちてけんじゃ……。

 朝から雪が降った。
 咲子が東京で見るはじめての雪だった。雪は日が暮れても降りやまず、ベランダに降り積もったうすい雪を、咲子はマグカップにすくって夕食の終えたこたつの上に置いた。
「あめゆじゅ? なに、それ?」
「宮沢賢治よ……」
 咲子は三陸の海辺の町に生れた。
「好きなの?」
「ん、……好き」
 咲子の発話の頭にはしばしば「ん」がつくが、それは東北弁にある「んだ」を、半分呑み込んだものではないかという気がする。
妙にくぐもった「ん」だった。
 その日もふたりはこたつのなかで素足をからめ合った。咲子はいつものノートをひらく。マグカップを置いたぶん、こたつの上はせまくなって、漢和辞典と筆箱はベッドの上にある。
「ショウコはさ、いつもノートひらいてなに書いてるの?」
 いちど聴いてみたかった。
「半分日記かなあ……」
「じゃあ、あとの半分は……詩っかな?」
「えっ、うそだー。どうして知ってるの? あ、見たの?」
「ぶっ! 見てないよそんなの。なんとなくそうおもっただけ」
「どうして?」
「ほら、阿佐ヶ谷で次郎さんの朗読を聴いたときにさ、ショウコは詩が好きなんだってわかったんだよ。それでね、いつもノートになにか書いてるからさ、たぶん、詩だとおもってたよ」
「そっかあ、ばれてたんだ……」
「だからさ、見せてよ。ショウコの詩」
「ん……いや。あたし、見せない」
「どうして? けちだなあ……」
「けちじゃないわよ。あたしね、自信ないからだれにも見せたくないだけ……ねえ、リクオさんは? いつもパソコンひらいてなにしてるの?」
「あ、……これ? これはね、ぼくのシナリオだよ。映画とかテレビドラマの台本ってやつ、知ってる?」
「ダイホン? ん、わかんない……」
 わたしがシナリオを書く理由はいろいろあって、ひとつはセリフだけで勝負できる創作だったということ。たとえば小説であれば、地の文を書かなければいけないことになるが、わたしはそれが書けなかった。でも、シナリオを学ぶためには小説も読まなければいけないから、小説はがんばって読んでいたけど、詩の場合は書くことはおろか、読むことさえもできなかった。
 高校生のころに、書店の棚にならんだ詩集をいくつか手にとって読んでみたが、さっぱり意味がわからなくて、そのとき、わたしは詩の読めない人間なのかもしれないということに気づいた。それ以来、詩はわたしからはとおくかけ離れた存在で、次郎さんの朗読会のときは、咲子に誘われて付いて行っただけだった。その次郎さんの詩はちょっとわかったような気がしたけれど、すぐに忘れてしまったから、やはり、詩を読んでなにかしらのおもいを膨らませることのできる人間ではないのだとおもう。
ただ、咲子の詩となると話しはべつだ。
「見たい?」
 とりあえずわたしのシナリオを見せてからでないと、咲子の詩は見せてもらえないような気がした。
「うん」
「じゃあ、ちょっとだけだよ」
 こたつの上のノートブックをくるりと回して咲子の正面に向ける。
「わっ! 縦書きなの? すごい。ね、これってワードでしょう? ん、あたしもパソコンほしいなあ」
 デスクトップには十二ポイントのうすい文字がならんでいる。咲子はデスクトップに顔を近づけて読みはじめた。
 ……。
 わたしのセリフからはじまるページだった……。
六男「ね、お正月さ、家へ帰るの?」
咲子「あたし帰らない……リクオさんは?」
六男「……じゃあ、ぼくもだよ」
咲子「あらっ、いいの?」
 いいわけないけど、帰りたくない気持ちはふたりともおなじだったはずだ。
六男「でもさ、ショウコ。はじめての正月だろ? ほんとに帰らなくていいのか?」
咲子「ん……お母さんいないし、会いたい友だちもいないし、姉に電話しとくからいい」
 咲子の実家には父と姉がいて母はもう他界していた。
六男「お母さんはどうして亡くなったの?」
咲子「乳がんだったの……」
六男「いくつで?」
咲子「四十九……」
六男「ショウコは?」
 十六だったという。
咲子「あ、そうだ。この漢和辞典ね、名前があるの」
六男「なまえ?」
咲子「うん。GAGA、っていうの」
六男「ガガ?……アメリカの?」
そんな名前の歌手が売れていた。
咲子「ううん、ちがう。GAGAは東北弁よ。お母さんのこと。かがとか、ががとか、呼ぶの。それでね、この漢和辞典はあたしの母が中学生のときに買ったものなの」
 咲子の母が中学生だったというと、一九七〇年前後のことだろうか。角の朽ちたクリーム色のハードケースに入った、そのGAGAには奥付がなくて、発行日を知ることができなかったけれど、たぶん、印紙のような別紙に印刷して、表3に糊づけされていたものが剥がれたのだろう。ハードケースの裏には、定価800円と、スミ文字で印字されていた。
咲子「母の名はキョウコ。姉はヨウコで、あたしも姉も音読みだから、たぶん、名付け親は母だとおもうの」
 一千頁余りあるGAGAを閉じると、小口の厚みは約三センチあって、その小口の天には佐々木香子のゴム印と、中谷咲子のゴム印が仲良くならんで押してある。どちらのゴム印も、事務用の黒っぽい青インクだった。
 佐々木は、咲子の母の旧姓だとわかるが、おなじ規格のゴム印で押してあるのは、母とおなじ中学校を卒業したからだという。
咲子「ほら、卒業記念にもらったでしょ? 学校で使ってたゴム印」
六男「……そんなのもらったかなあ?」
咲子「もらったわよ。あたしはね、母のゴム印見てたから、一年のときに担任の先生に借りて押したの」
物怖じしない利発な女の子だったのだろう。
咲子「母とおなじゴム印がすっごくうれしくて、もうそれだけで、大人になった気がしたわ」
六男「なるほど、お母さんの形見なんだ……あ、でもこれ、お姉さんのゴム印がないよ……」
咲子「ん、……姉はね、好きじゃなかったの。国語とか、作文とか……ねえ、リクオさん。これって、セリフばかりなの?」
 怪訝そうな顔をして咲子が聴く。
六男「そうだよ。シナリオはね、セリフだけ書けばいいんだから」
咲子「じゃあ、このふたりってさ、恋人どうしなの?」
 ……。
「どうして?」
「あまり楽しそうじゃないから」
 ぶっ……。
 もうなんども書き直したのに、咲子にそういわれるとちょっと辛かった。シナリオを書きはじめたのは二十歳のころだったから、もう五年ばかり書きつづけている。書き上げたものはシナリオコンクールに応募したがいつも一次選考で落とされた。セリフだけで勝負できるといってみても、そのセリフがすべてだったから、ごまかしはできない一本勝負ということになる。詩を書かなくても、詩人と呼ばれるひとはたくさんいるのに、セリフを書かない脚本家はひとりもいない。もちろん、それはわたしの僻みでしかないけれど、ノートをひらいて詩を書いている咲子を見ていると、なんとなくうらやましくなるのだった。


 咲子の実家は酒屋だった。
 三代目だという父に嫁いだ母が、父と共に家業を守りつづけていたが、咲子の母が亡くなってからは、五つ年上の姉が家業と家族の生活を支えてきたという。高校を卒業した咲子は、地元の漁業組合に就職するが、どうしても郷里を離れたいというおもいが募って上京する。
「どうして? ふるさとはきらいだったの?」
「ん、……だってさ、あそこにいたら一生東北弁でしょう? あたしね、いちどでいいから、標準語で暮らしてみたかったの……ね、リクオさんはどうなの? いつから東京にいるの?」
「ぼく? ぼくはさ、高校を出て、専門学校に通って就職したのがいまの会社……家から通うのはちょっととおいから、下宿しただけで、べつにふるさとを出たいとか、そんなのなかったよ」
「ん、……リクオさんとこはさ、東京みたいなもんでしょう?」
 たしかにそうだった。わたしは関東平野のどまんなかにある、山も海もない平らな町で、青臭い芝生のように空ばかり見て育った気がする。そんなわたしのふるさとにも方言はあったけれど、いまはもう東京のことばに呑み込まれてしまって、地元でもほとんど聴かなくなっていた。
「まあ、そうだけど……来年はさ、ショウコといっしょに帰らなきゃいけないね」
「どこへ?」
「ぼくの家だよ」
「あ、そっかあ……ん、緊張するなあ……」
 咲子が上京した理由はもうひとつあって、東京には幼なじみの敦子がいたからだ。保育園から高校まで同じ学年だった敦子は、東京の私立大学に入学して戸越でひとり暮らしていた。上京した咲子は、敦子のマンションに同居することができたから、なにひとつ不安はなかったという。
「ね、ショウコ……」
「なに?」
「あっちゃん、さみしくないかなあ」
「ううん、だいじょうぶよ。敦子ね、彼氏できたみたいだから、いつまでもあたしがいたら邪魔なの」
「えっ、ほんとに? じゃあ、グッド・タイミングか」
「ん、……でもね、姉にはナイショよ。あたしはまだ、敦子とこに居ることにしてるから」
「ナイショって、いつまで?」
「……わかんないでしょ、そんなの……」
 それを決めるのはわたしだと気づかなかったのだ。
「あっちゃんは、来年卒業だろ?」
「ん、そうよ」
「就職は?」
「横浜だって」
「じゃあ、戸越から通えるね」
 戸越にはわたしの勤める印刷会社があって、敦子のマンションはすぐ近くだった。咲子が上京したころ、わたしの会社ではパート社員を募集していた。職種は校正係というもので、咲子は迷わず面接を受けたのだという。募集人員一名に七名の応募者があって、面接と筆記試験の結果、咲子が採用された。
「ほら、まちがい探しってクイズあるじゃない。あれとおんなじだったから、あたし笑っちゃった……」
 たしかにそんな試験だったとおもう。
 印刷会社の校正係といえば、クライアントが作成した手書きの生原稿と、印刷会社で植字した校正刷りとを見比べて、誤植を見つけるというイメージがある。しかし、最近ではその生原稿もデジタルデータがほとんどで、そうなると、誤植のチェックは不要ということになる。つまり、文字の打ちまちがいは、印刷会社の責任ではないということだ。
ところが、デジタルデータには、誤植よりも厄介なものが潜んでいて、それが咲子のいう「まちがい探し」になる。
 たとえば、文字化けといえばもうだれもが知っていて、クライアントが使用している組版ソフトが、印刷会社のパソコンになくて、別の組版ソフトでクライアントのデータをひらくと、まちがいなく文字化けは発生することになる。
 そうなると、化けるのは文字だけではなくて、データ上の画像が消えたり、イラストや、図形が変形したりすることもあって、印刷会社としては、デジタルデータとともに入稿される、プリントアウトされた印刷見本だけがたしかな原稿となる。つまり、クライアントの使用するパソコンとプリンターを使って、プリントアウトされた印刷見本とおなじものが納品されないとなると、それは印刷会社の手落ちとなってしまうからだ。
 もちろん、それを防ぐために双方が歩み寄って、デジタル環境を統一したり、絶対に化けないはずのPDFデータというのもあって、最近ではかなり解消されてはいるが、印刷の主流であるオフセット印刷となると、入稿されるRGBデータから、印刷用のCMYKデータへの変換という避けられない作業もあって、まちがい探しはさらに迷宮化する。
 だからというか、漢和辞典に親しんだ咲子にとっては、とんでもない校正係だったといえるだろう。


 JR山手線は高校生のころからよく利用した。平らな町から私鉄とJRを乗り継いで上野から山手線に乗る。新宿にわたしが通った映画館が数軒あったからだ。
その山手線は朝夕の通勤に欠かせなくなって、五反田から東急池上線に乗って二駅目の戸越銀座で降りた。
 駅前の雑多な商店街を横切って、五分も歩くとわたしの勤める印刷会社がある。下井草のアパートからだと通勤時間は一時間と少し。始業は八時半で、パート社員の咲子は九時に出社して四時まではたらくが、正社員のわたしは五時半の終業後も、入稿の多い日は二時間余りの残業があった。
「あたしね、シー・エム・ワイ・ケーってのがわかんなくて、それを聴くたびに笑ってたの。ほら、西城秀樹の歌あるでしょ? あたしの姉がね、ヒデキの大ファンだったの……」
 咲子はそんな笑い話をしたけれどあれはYMCAだったかも。
「それで、いつわかったの?」
「つい最近よ。Cはシアンブルーで、Mはマゼンタピンクで、Yはイエローで、Kはブラック。つまりカラー印刷するときのインキの色、ね、そうでしょう?」
 カラー印刷はCMYKの四色のインキを使用して、主にオフセット印刷機で印刷される。
「ぶー、惜しいなあ」
「ちがうの?」
「Kはブラックじゃないよ」
「うそだー!」
 嘘ではなかった。
「Kはね、キーカラーのK……印刷インキってのは、絵の具とおなじだから、シアンとマゼンタとイエローを混ぜると、限りなく黒にちかくなるけど、鮮やかな黒にはならなくて、それで、鮮やかな黒を再現するために、キーカラー、つまり補色として、ブラックのインキを使うわけ。ぼくのしごとはね、そのCMYKのインキの量をデータ上で調整すること……知ってた?」
「ん、……フォトショップでしょ?」
「そう、入稿される写真原稿は二種類あって、ひとつはプリントされた生の写真、もうひとつはデジカメで撮影した画像データ。生の写真はスキャナーで分解してから、フォトショップで調整することになるし、画像データももういちど社内で調整することになるから、写真原稿の多いしごとが入ると、ぼくは忙しくなるわけ……」
「お歳暮のチラシとか、カタログとか?」
「うん、そうだよ」
 ひとくちに印刷会社といっても、入稿から植字、組版、製版、印刷、製本、仕分けまでの、全工程をまかなえる会社はまれにしかない。とりわけ、都市部の印刷会社はほぼ分業化されていて、入稿から製版までのプリプレス工程と、オフセット印刷機や、オンデマンド印刷機などを回して印刷する印刷工程。さらに印刷後の断裁や、折り、製本、仕分けをする製本工程など、それぞれの工程を受け持つ会社が独立、または、グループ会社を構成しているが、なかには営業のみという会社もある。印刷会社といっても、その形態は多種多様であって、印刷会社の最大のお得意様は、印刷会社であるという、この業界の特異な体質は、印刷工程の煩雑さが生みだしたものといえるだろう。
社員二十名ほどのわたしの会社は、東京、千葉、神奈川にグループ会社があった。わたしが入社したころ、すでにアナログの時代は終わっていたが、そのむかしは、版下から製版用フイルムを作成する製版会社と呼ばれ、現在もプリプレス工程を担うグループの一員ということになる。
 ところでオフセット印刷と呼ばれる印刷技術は、水がなかったら成り立たない。油性の印刷インキと、水とが反発する原理を用いてできたもので、業界用語では平版印刷というが、水を必要としない凸版印刷と対比する用語であるともいえる。



 咲子(三)


 示部(しめす・しめすへん)
▽「示」をもとにしてできていて、「神や祭り」に関係する文字を集めた。常用漢字の偏(へん)になるときは「礻(四画)」の形になる。

 正月だった。
 大晦日はアパートのちかくのちいさなお宮に参拝して、部屋に帰ると咲子は、年越しそばをつくるという。アルミホイルでくるんだ餅をオーブンレンジで焼いて、即席麺のサッポロ塩ラーメンに焦げ目のある餅をのせたものだった。サッポロ塩ラーメンはぼくの好物で、もう飽きるほど食べていたのに、餅が入っただけでそれは咲子の味になっていた。
元旦は朝寝して昼前に起きると、咲子はまた餅を焼いてお雑煮をつくった。こたつに入ってお雑煮を食べると、なぜか新年というよりも、新婚さんという気分がして、新鮮なおもいが込み上げてくるのだった。
「あけましておめでとうございます」
 わたしは咲子に向かって素直に頭を下げた。
「はい、おめでとうございます……うふっ、なんかおかしくない?」
「うん、おかしいね」
 はじめての経験はなにもかもがおかしい、そんなふたりだった。
「ねえ、リクオさん……」
 夜になると咲子のいつもの質問がはじまった。
「はい、はい。きょうは発初めですか?」
「発初め? あははっ、そうなの? リクオさんっておっかしい……」
 咲子はしばらく笑い転げていた。
「あのね……うふっ……あのね……カタカナって、おしべだとおもう? それとも、めしべだとおもう?」
「え……なにそれ?」
 こんどはわたしが吹き出しそうになった。
「ほら、漢和辞典をひらくとね、音読みはすべてカタカナ表記で、訓読みはすべてひらがなでしょ? あたし、日本の漢字って、おしべと、めしべが、くっついたものだとおもうの」
「……」
 ひとくちに四千年といっても、その時の隔たりを埋めるイメージを得るのは容易ではない。なにかしらその隔たりを補うたしかな遺跡でもあれば、たぐり寄せることのできるイメージはあるかもしれないが。咲子にとって、そのたしかな遺跡と呼べるものが漢和辞典であったのだろう。古代中国に文字をもたらした原初の森、その森に降る雨の音を聴いて放つ咲子の問いは、紙ヒコーキの気まぐれな飛翔のように、とんでもないところに着地するのだった。
 咲子の問いに含まれる主語や述語は、わたしには、つながらないイメージの羅列のようなもので、着地点が見つからないわたしは、いつも迂回して問い返すしかなかった。
「……それで、ショウコはどっち?」
 それが最善の処置だった。
「あたしはね、カタカナはおしべで、ひらがなはめしべなんだとおもうの……」
「ということは……中国で生まれた音読みと、日本で生まれた訓読みが、受粉して……日本の漢字が生まれたって、こと?」
「ん、そうじゃなくて、日本の漢字はね、雌雄同体なんだとおもうの」
「え……シユウドウタイ?」
 こうなるともう処置のしようがなかった。
「……雌雄同体の生きものってね、環境の変化に合わせて、雄であったり、雌であったりするの。それでね、日本人って、そんなとこあるでしょ? あたしね、日本の漢字は日本人の性格そのものだとおもうの。ね、リクオさんはどうおもう?」
「ん……まあ、否定できないかもね……」
 しばらく様子を見るしかないとおもって、曖昧に処置すると咲子のおもうつぼに嵌まった。
「でしょう? それでね、あたしおもうの。否定できない理由があるとしたら、それは、相手が神さまなんだからって……ね? 日本にはいろんな神さまがいるから、漢字の神さまもいるはずでしょ? そしたらさ、漢和辞典は漢字の神さまの姿になるじゃない。ね?」
「え? え? 神なの?」
「うん」
「雌雄同体の?」
「そうよ」
 ここは咲子のイメージの核心にちがいないから、曖昧に処置すべきではない……ということは、反撃するしかなかった。
「んーでも、ショウコ……神が雌雄同体だなんて、だれが決めたの?」
「あ、それはね、高校の生物の先生がそういったの。日本の神は雌雄同体なんだって。それでね、あたしおもったの。漢字にはおしべと、めしべがあるから、雌雄同体の神さまなんだって」
「……」
 なるほど、そういうことか。

 なんとなく気が抜けそうだったけれど、それであればなんとか理解できた。たぶん、咲子のいう高校の生物の先生は、古事記や日本書紀によって伝えられた神話や、古代日本に生まれた諸々の神を伝承する民俗学に、興味のあるひとだったにちがいない。そうなれば海を渉った漢字が、鬱蒼と生い茂った原生林の苔むした渓谷に架けられた丸木橋の上で、日本の神と出逢って、訓読みを与えられたとしてもふしぎではないし、咲子のいうおしべとめしべの発想も案外とわるくはないとおもった。
 しかし、わたしにとっての問題は、そんな咲子とことばを交わし、飲食をともにすることで、わたしの未来が芽生え、家族が生まれ、その家族を守る森や林を、わたしの手で育てるということだった。もちろん、それはまだたしかなことではないが、わたしはそうあってほしいと願っていたし、青緑色した皮膚を持つ漢和辞典が神であるとしたら、それを手にする咲子は神に司る巫女ということになって、わたしの不確かな未来が、咲子の祭祀によって定められたとしてもけっして不服ではなかった。
「ということは……ショウコは、神に司る巫女ということになるね」
「ミコ? あ、そうなの?……じゃあ、あたし、リクオさんの巫女になってあげるから……うふっ」
 冗談とも本気ともいえない口ぶりだったけれど、咲子は自信ありげな笑みを浮かべて肩をすぼめた。わたしは咲子のその仕草を見て、初心な巫女はかわいいとおもったが、咲子のいう雌雄同体の神について、青緑色した古代人はどのように語るのだろうか。

 六六四頁の四段目に【示】の親字がある。音読みは、シ・ジ。訓読みは、しめす。筆順につづいて解字がある。
 解字。象形。神の降臨する座(  )からささげたいけにえの血が垂れるさま(  )をしめす。神位・神の意。のちに、しめす意に用いる。
 ずいぶん血なまぐさい神のすがただといえる。
 さらに、六六六頁をひらいてみると三段目に【祝】の親字がある。音読みは、シュク・シュウ(シウ)。訓読みは、いわう・の-る。
 解字。会意。神(示)と、兄(  。ひざまずいて口を開けている人)とを合わせて、神にいのりをささげるみこの意。のちに、いのる・いわうの意。

 示(しめすへん)は神の意味をもつ部首であることがわかる。
 その神に向かって、おおきく口をあけて語りかけているひとのかたちを、「祝」という漢字であらわしていることもわかる。この(ひと)とは、巫女または神官であり、語りかけているものは祝詞であると、現代のわたしたちは解釈するだろう。しかし、よく考えてみると、漢字が生まれたのは四千年余り前のことで、少なくとも一八〇〇年前の「説文解字」という中国の字典には、現代も使われている「祝」は存在していたはずだ。
 おそらく漢字というものは、神という存在があったからこそ、誕生したものだといえるだろう。神と、わたしたち人間の意思の疎通をはかる手段として、目に見えるたしかなかたちが必要だったということ。その物証として、牛の骨や、亀の甲羅に残された甲骨文字があるということ。できることであれば四千年前に遡って、現在知られているもっとも古い字形である、甲骨文字が生まれた時代の巫女に、会ってみたいとわたしはおもう。
 神にひざまづき大口をあけた巫女は、いったいなにを神に伝え、なにをもとめていたのだろうか。現代人がイメージする「祝」とは、ずいぶんかけ離れたすがたがそこにあるはずだ。そしてもうひとつ、こうして咲子と寝食をともにすることで生まれた、詩、もしくは詩人のつかみどころのないイメージを、このわたしにもわかるたしかなかたちに変換できないだろうか、というおもいもあった。中国古代の巫女が神と対話するひとであったとしたら、それは詩が生まれて間もないころの、初心な詩人であることはまちがないだろう。
 その初心な詩人にわたしは会いたいのだった。



                                つづく
 


散文(批評随筆小説等) 咲子② Copyright たま 2026-02-05 12:26:00
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