すすき野原の物語(境界を封じる釘)
板谷みきょう
村長と長老たちは、神社の拝殿に集まり、脂ぎった顔を突き合わせていた。
彼らにとって、すすき野原の「影」は、もはや恐怖ですらなかった。
それは彼らが築き上げてきた「村の秩序」を脅かす、目障りな不純物だった。
「子供たちが、あの影に“名”を付けて遊んでいるそうだ。」
長老の一人が、吐き捨てるように言った。
「あいつら自分が誰から生まれたのか、子供のくせに誰に従うべきかも忘れ、あの影に、親にも見せない顔で笑いかけてる。これは叛逆だ。我々が与えた『家名』や『身分』よりも、あの野原に捨てた“記憶”のほうが大事とでも言うのか。」
村長が、横に控える大工の棟梁を冷たく見据えた。
「棟梁、祠を建てろ。ただし、“祀る”ためじゃない。“封印”するためだ。影が拾い集めた子供たちの余計な記憶ごと、あの土地を土の下へ押し込める。いいか、隙間を作るな。神も仏も通さぬ、完璧な拒絶の箱を作れ。」
棟梁は、重い金槌を握りしめた。
彼は知っていた。
子供たちが野原で失くしたのは、おもちゃなんかじゃない。
親に叩かれた夜の悲しみや、誰にも言えない孤独を、
あの影が「身代わり」として預かってくれていたことを。
だが、権力者たちの眼光は、
それを「管理不能な不穏」と決めつけていた。
祠の建立が始まった。
杭が打たれるたび、すすきの波が悲鳴のような音を立てていた。
そこへ、少女が駆け寄ってきた。
影とおはじきを分かち合った、あの時の少女だった。
「やめて! おじちゃん、そこには私の“本当の名前”が隠してあるの! お母さんに言えなかった『ごめんね』も、あの“おにさん”が預かってくれてるの!」
少女の叫びを、村長は冷たく一蹴した。
「だまりなさい。お前が持っているべきなのは、家が与えた名前だけだ。余計な感情は、鬼が喰い散らかしたゴミにすぎん。私はお前たちを『きれい』にしてやるのだ。」
大工の棟梁は、少女の視線を避けるようにして、最後の一本、鉄の釘を土台に打ち込んだ。
その瞬間、土の中から這い出してきたような冷たい感触が、彼の指先に走った。
それは、少女が失くしたおはじきでも、鬼の体温でもない。
「言葉を奪われた者の、底冷えする沈黙」だった。
村の大人たちは、祠に鍵をかけることで、子供たちの“心”を去勢したのだ。
祠が閉じた瞬間、少女の瞳から光が消えた。
彼女は自分の“本当の名前”を思い出せなくなり、
ただ大人たちが望む通りの「聞き分けの良い人形」へと
変わっていった。
それを見届けた村長たちは、満足げに頷き、酒を酌み交わした。
「これでいい。村は正しくなった。」
だが、祠の影で与一だけは見ていた。
完璧に封じられたはずの祠の土台の隙間に、
大工の棟梁が密かに忍ばせた、あの一枚の「落書き」を。
そして、
その落書きが、大人たちの言う『きれい』な支配を
内側から腐らせる、唯一の毒にして薬になることを。
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