すすき野原の物語(灰色の影と風)
板谷みきょう
与一が神社の周りを耕し始めてから、
すすき野原の様子が少しずつ変わり始めていました。
それまでは、ただの「空き地」だった場所が、
何やら得体の知れない「熱」を持ち始めたのです。
風が吹けば、銀色の穂が一斉にさざめき、
まるで野原全体が巨大な生き物のように、深く、重い呼吸を繰り返している。
村人たちは、その野原の奥に「何か」が居座っているのを感じ始めていました。
それは、特定の形を持たない、灰色の影でした。
影は、何もしませんでした。
ただ、夕暮れ時になると、すすきの波の間にすっと現れ、
村の方をじっと見つめているのです。
村人たちは、その影に自分たちの「不都合なもの」を投影し始めました。
「あれは、村を出ていった者たちの恨みが形になったもんだ。」
「いや、与一が持ち帰った異国の呪いだ。」
しかし、影の本当の姿を知っていたのは、夜の闇に紛れて野原を駆ける狐だけでした。
狐が見たのは、影がすすきの根元を一本一本指で辿り、何かを「数えている」姿でした。
影が数えていたのは、村人たちが日々の暮らしの中で、
ポロポロとこぼし、捨て去っていった「欠片」たちでした。
転んで痛かったのに、泣かずに飲み込んだ小さな「涙」。
本当は大好きだったのに、意地を張って言えなかった「ありがとう。」
そして、大人になるにつれて、隠した「寂しさ」。
自分にはもう不要だと捨ててしまった、瑞々しい「子どもの頃の名前」。
影は、それらを丁寧に拾い上げ、すすきの根元の湿った土に埋めていました。
「ひとつ、ふたつ、みっつ……。」
声にならない風の音が、野原に響きます。
それは、
誰からも顧みられなくなった「思い」たちが、土の中で
腐ってしまわないよう、影が優しく子守唄を歌っているかのようでした。
ある日、村の幼い少女が、大事にしていたおはじきを野原で失くしました。
少女は泣きながら野原を歩き、灰色の影と鉢合わせました。
大人が見れば絶叫して逃げ出すような不気味な影を、
少女はじっと見つめ、言いました。
「おじちゃん、私の『好き』を知らない?」
影は何も答えず、ただ足元の土を指差しました。
そこには、少女が失くしたおはじきと一緒に、
彼女が昨日、お母さんに叱られて捨ててしまった
「大好きだよ。」という温かな気持ちが、
クヌギの葉に包まれて置いてありました。
少女はおはじきを握りしめ、村へ帰りました。
けれど、少女がその話を大人にすると、
大人たちの顔は恐怖で引きつりました。
「やっぱり、あいつは子どもの心を盗んでいる!」
「鬼だ。ありゃあ、名のない『名呑童子(なのみどうじ)』だ!」
こうして、ただの影は、村人たちの恐怖という絵の具で塗り固められ、
恐ろしい「鬼」という名を与えられていきました。
影は、自分に与えられたそのおぞましい名を、悲しむでもなく受け入れました。
名を付けられるということは、その役割を背負わされるということです。
鬼と呼ばれた影は、それからも黙々と、
村人が捨て続ける「本当の心」を拾い、数え続けました。
野原の端では、与一が植えたジャガタラの芽が、
その影の足音を聞きながら、土の下で静かに、けれど力強く、
何かを吸い込んで大きくなろうとしていました。
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