Meditation
ホロウ・シカエルボク
押し込めた感情は一番奥で腐肉の塊となって転がっていた、致し方ない、廃棄するしかない―そんなことをずっと繰り返してきた、自分自身の戒律の様なものを守り続けるにはそうするしかなかった、麻痺なのか、それとも防衛本能なのか…いつからか自分が抱いている感情が本当のものなのかどうかわからなくなった、怒りも、喜びも、悲しみも、そういうふりをしていたらいつの間にか入り込んでいた、という感じに思えて、真実はもの凄く曖昧にそこにあった、本心と感情との乖離が酷かった、それを認めるべきではないという思いと、自分はこれでいいのだという思いの両方があり、どちらかを取ることも捨てることも出来なかった、そんな曖昧な感情の中でほんの僅か、これは本当かもしれないと信じられるものがいくつかあった、音楽や歌、詩や映像に関わることのすべて―きっとそこに潜り込むのが一番いいのだと思った、どうやら俺は最高級品か欠陥品かのどちらかだ、と、下らない冗談で自分を笑わせた、俺は俺しか居ない、俺にしかない特徴があるのなら、それがどんなものであれ俺は許容して喜ぶべきだ、半ば義務的に、半ば期待を込めて、俺はそのことを受け入れた、そして長いことそれを続けているうちにそれはいつも俺が、どんな感情であれきちんとした言葉で、出来る限り確実に伝えることが出来る羅列で語ろうとしているせいだと知った、どこにでもある汎用型の安っぽい言葉をまるで自分で見つけたかのように口にするのはもの凄い違和感と嫌悪感があった、もっとも、周りにはそれを平気でやっている連中が大勢居たけれど…ありものをそのまま使うのは楽だ、なんせ考えずに喋ることが出来る、でもそこにそれ以上の意味はひとつも無い、ただ何も考えていない人間が、黙っているのも嫌だから何かしら意見を持っている風を装って口にするための言葉というのはそこら中に落ちている、何も考えない人間の為の言葉なのだからそこにどんな意味もあるはずは無いのだ―まあ、そんなことはどうでもよくて、ともかく俺は自分が感情任せで喋るのを良しとしなかった、だから先走ろうとする感情に急ブレーキをかけて、その場に最も適切な言葉を選択しようとする、ほんの小さなころから確実な言葉を使おうという努力をしていた、でもそんなもの、まともな話も出来ずに同じ言葉を繰り返すだけの人間たちには何の意味もなかった、話がまるで通じない、と俺は思った、はなからやろうとしていることがまるで違うのだ、俺は話をしようとしていた、不特定多数の彼らは内容などどうでも良く、ただ、場の空気さえ掌握出来ればそれでよかった、目先の勝というやつだ、内容など最初から必要とされていなかったのだ、だから俺はそういう人間には出来る限り関わらないように決めた、欠伸を噛み殺しながら当たり障りの無い相槌だけを打ってやり過ごし、家に帰ると狂ったように文字を綴った、そうすることで自分を調整していたのだ、考えずに手に入れられるものになんかこれっぽっちも興味は無かった、そんな手札ばかり集めて年老いてもまだ大人ごっこをやってるような連中の仲間入りをするなんて悍ましいことだった、もっともっと書かなければならない、自分の魂がいまどんなところにあって、どんなことを語ろうとしているのかもっともっと書きつけなければならなかった、そこに綴られたものにしか俺の真実はなかったのだ、書いたものを読み返してもよかったし、読み返さなくてもよかった、ただ懸命に文字を書けば下らない井戸端会議の数倍の情報を手に入れることが出来たし、書けば書くほどそれは増えて行った、ステップのようなものだ、ある地点に辿り着けばもう一段上にあるものが欲しくなった、それを手に入れるにはさらに書くことが必要だった、もう一段上がればまたもう一段…そんな風に俺は時を重ねて、何かしら価値のあるものを手に入れて来た、それはすぐに効果を発揮するものもあったし、ずっとしまい込まれたあと、思い出したように突然精神の中に溶け込んだりするようなものもあった、俺の皮膚の内側は次第に密度を増していった、そうすると同じ言葉を使って同じような文章を書いても、それまでとはまるで違う印象を作り出すことも出来た、静かに僅かに、グレードアップされた世界観がそこにはあった、同じものでもまるで違った、駒かい部品がより良いものに変えられているような感触だった、通電効率が良くなって、より深い精神世界へ入り込むことが出来るようになったのだ、これはあくまで俺の感触だけれど、禅や修行などで得られる解脱感に近いのではないだろうかという気がした、いや、宗教にはそれほど詳しいわけじゃないんだけど…瞑想や読経、そんな儀式的な感覚というものを俺は自分の詩作の中で感じている、これは大袈裟な話でもなんでもない、俺は間違いなくこの行為を通して人生の真実を知ろうとしている、それは一生かけても知ることは出来ないかもしれない、断片を掴むのが関の山かもしれない、でもそれだってなかなか大したもんじゃないかって思うぜ、だって、ここまで来るのだって結構大変だったんだからさ。