死への哀悼
杉原詠二(黒髪)

死んで行くものに愛を向ける
死んだものが自分を報いるわけはない
それでもそれだからこそ
今わの際に救おうとする

その喫水線の下の見えない部分への
深い思いやり

自らを離れていってしまう
その人にとっては
この世界そのものが全部自分の愛であり
この世界から離れていくものは
自分の愛から離れていくこと

だから別れ際を送ろうとする
悲しみの接点は
深い愛に包まれて

きっと祝福はあるだろう
世界と愛を一体化したものに
心身に兆しが見え始めた

それはきっと人生の報い
たとえ死すべき運命にあるとしても
いずくんぞ生きざらんや

生の関りのすべてを飲み込む死がある
生きることを病に変え
死ぬまでいたぶる悲惨がある
しかし人はそれを悼む
悲しみの中で地獄の中にあってさえ
人は無感覚ではない
たとえ感覚を奪われようとも
生きている息には確かに酸素の喜びがある

どんなに立派に生きようとしても
足が滑って階段から転げ落ちて
死んでしまうかもしれない
その時
無音に包まれ
目は見えなくなる
意識が消失し
やがて心肺機能が停止し
主体はそれで終わり
骨だけが残る

死んだ人を供養するのは
残された生者の務めだ

誰かが
死んだ人は極楽浄土で踊っている
そう夢見た
その夢は伝播して
本当にそうだと信じられるようになった
あの世でいい夢を見ている人と
この世で夢を見る人
夢の中であの世とこの世は
つながっているのかもしれない

夢から醒めて
机に座って
目がごろごろとする私の
目から涙が流れた
ごろごろするものは
目の外へ出ていった
そして私は安心した

光が汚染された日々に
それでも過去の純粋な光は
記憶に残っている
その記憶された純粋な光が
すべての汚れを浄化して
本当の愛を受け取る日へ
私を助けてくれるはずだ


自由詩 死への哀悼 Copyright 杉原詠二(黒髪) 2026-01-07 10:27:44
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