冬の磁場
岡部淳太郎

秋が深まり
冬が近づいてくると
この国の人々は次第に幽かになってゆく
秋とは空きであり
物事に空きが出来る季節
それに対して冬は不結であり
何もかもが互いに結ばれずに
バラバラに佇んでいるさまを表している

そんな中で
人々が幽かに
頼りなくなってゆくのは
理の当然である
冬の訪れとともに
年末に向けて
この国は幽かにすべつてゆく

元々幽霊とは冬の存在である。幽霊の本場のイギリス
ではチャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロ
ル』に見るように、年末のクリスマスの時期に祖先霊
が帰ってくる。日本のお盆がイギリスではクリスマス
になっているという寸法だ。そんな中では冬の凍える
寒さにこそ、幽かなものがすべりこんでくる磁場が生
まれるというものだ。その磁場を人も感じるから、人
もまた幽かになり、その中で凍えてゆく。寒さは人の
心を凍えさせ、人を幽かな存在にさせるから、すべて
が集まる暑さの夏よりも、実は幽霊に相応しい季節で
あると言えるのだ。いまこそ幽かなものはこの寒さに
凍えて、ふるえながら透明なものへと変わってゆく。

それからこの磁場に
幽かなものたちがせめてもの思いとともに
頼りなく集まってくるのだが
そこには かつての夏の栄華
その思い出もあり
吐く息が白く汚れて
栗色の髪も白くなって
その白さに磁場の圏域すべてが
しずかに染められてゆく

この冬の磁場に集まって
捉えられて
幽かなものはますます幽かに
この季節とともに幽かになって
それから 夢は霧のように消えて
そのたびに 次第に狂ってゆく心があって

女は何かを思い だしながら
この冬に恨みがましい思いを
白い息とともに
吐き出してゆく

そうして 心が風邪をひいて
幽かにふるえて
この寒さの磁場のなかで
ただ 迷うしかなくなるのだ

冬の存在を呼び寄せて、そのなかに捉えて、冬の磁場
は佇み、いまや地球そのものが冬なのが感じられる。



(2025年11月)


自由詩 冬の磁場 Copyright 岡部淳太郎 2025-12-17 12:04:02
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