いずみを守る
百(ももと読みます)
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里帰りしていたよ、十日間くらいかな。大切なものを失ってきたのかな。ううん。ふっとしたあとで息をのむたびに侘しさすら忘れがちの内向きのこころがあった。
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高速バスのバス停で、おかあさんとおなじ空間にいたこと。柔らかくなった手の温もりを忘れないでいられるように、見送りのための最後を再会と置き換えられるくらいのひたむきさが、ぼくに必要だと感じる。
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ぼくのおとうさんは、オトウサンという名前のひとだった。急に、なんだってことを書くけれど、その程度に、ぼくのなかでちいさな箱へとオトウサンを納めるきもちでいる。
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ぼくの暗黒時代は思春期よりはじまっていて、激昂したオトウサンに,「おまえのものや、この家になにもない!」と言葉で打たれて無理やり衣服を脱がされたんだ。しりもちをつきながら、ずぼんを脱がされたあとに、お隣りのお家まで下着姿で助けを求めた。
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追いかけてきた両親はいいわけするでなく、ぼくの精神性に悪意をすりつけていいのがれをしていた。あのときの裸のままの子どもが、いまも、ぼくのなかで泣いていることを知っている。
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なんでもひとりでできるようなことをいっていたから、暴力をふるったとオトウサンは、ぼくにいう。
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そして、昨日は、おとこやおんなは関係ないと、なぞのつけたしを言葉に重ねた。あの日のぼくの瞳へと映りこんだ石のような、おかあさんのまなざし。
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こころをレイプされたといえば、大袈裟だろうか。泣きじゃくる子どもを抱いて、それまで、ずっと耐えていた。ぼくなりに頑張ってきたのだよ。スゥーっときもちの風が吹く。
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今朝がた、オトウサンへと、ぼくは、はじめていったんだ。わたしは、なにもわるくない、と。自分でも、びっくりした。全てに於いて、なにも、という絶対的な守護をむねに宿したきもちになれた。
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それから、すぐに田舎をでて、午後の明るいうちにアパートメントのある、お庭のような街並みを踏むことができた。ええと。こんなに空気が奇麗な場所なのだっけ。息をすう、吐く、きもちの落ちつきを感じる。
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昨年の夏、精神的な理由により名の変更が許可されて、ぼくの本名は、あたらしい誕生を迎えた。
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ぼくの古い名前は「いずみ」だ。いずみを守ると、生まれてはじめて決めたよ。その決意の生まれた日が、今日。
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