long long ago
塔野夏子
それは遠い遠い昔のこと
命は身体という
不自由な傷つきやすい器を
必要としていたという
鼓動 とか
呼吸 とか
だから今はもう
命の比喩としてかすかに
その器の記憶を伝えるだけ
そこにほんのわずかな
なつかしさが時にふとよぎるだけ
けれど
そうした比喩だけでなく
言葉というもの自体が
身体という器の名残だという
ひともいる
あるいは
身体という器の代わりに
命は言葉という器を選んだのだという
ひともいる
本当のことはわからない
命が身体から解き放たれたのは
遠い遠い昔のこと
わたしたちはこうして
言葉をもつ命として
生死のめぐりを営んでいる