湯屋 Ⅱ
月乃 猫



白い吐息に、

深山は十六夜の雪明り
影を踏む音も 粉雪にすわれ、


 人の気配など
ありようもない午の刻
新雪に足跡を残しては、
森をさまよい
 さまよい
 

  ・
 

言い伝えに
 湯屋は、峡谷にあり
炭焼きや狩人の仕事の 簡素さで、
並んだ岩に わずかな板塀でそれとわかるもの
里人など知る由もない
営みを離れ
獣も眠りにつくころやってくる
異形のものたちを気遣い
そこにある
乳色の湯は、もうすでに
気配と影があるのに
けして、湯気の立ち込める
中に形をなさず
湯煙に佇む
透き通る雪のような肌の娘は
都人を思い出す華奢な背に
絹の音をさせて 衣をぬぎおとし
人目も気にせぬ
無邪気な子さながら、
白濁の湯に 音もたてずに入っていく
こちらでは、
鎧の音をたて 
どこからかやってきた
武者らしきものも
着ている甲冑を大仰に脱ぎ捨てると
湯にいる者など お構いなしの
ざぶんと 湯に波をたて、
身体は、刀傷だらけて
血の匂いを漂わせる

 湯浴びは、誰も寡黙で
何かを想うその姿に
口をひらくものもいない

 
苦しみと
 忘れたいことがあればなおさら
この湯に入りにくるのか
 熱い湯に極楽の救いをもとめる
そのものたちは、

ひと時の 甘露の湯の恵みをもとめ
さまよう森の 住人達

 ゆめゆめ 命あるものならば、
この湯にやって来ようとは
想いませぬように






自由詩 湯屋 Ⅱ Copyright 月乃 猫 2025-12-07 20:47:30
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